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2014.12.24 Wednesday

反竜伝記 完結編 第二部 第42話 アイメディスと、アイメルと……

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    この前の更新が今年最後といったけど、あれは嘘だ(コラ)
    とりあえずもう一本書けたのでアップしておきます。今度こそ今年最後です。
    反竜伝記 完結編 第二部 第42話 アイメディスとアイメルと……


    大空に浮かぶ天空城。
    かつては宇宙に届かんとする位置に浮遊していたこの城も、まだ完全な形で復活したわけではないせいか、それほど高い高度を保ってはいない。せいぜい、山を一つ飛び越えるくらいの高さだ。
    「おにいちゃん……」
    天空城のテラスで、地平線を眺めつつ、兄の無事を祈っていたのは、他でもないフィアだった。
    兄は今、どうしているのだろうか。
    思えば、兄と再会して以来、同じ場所にゆっくりと留まることはなかった気がする。
    幼少の頃より、引き離されて育った兄と妹。次に会ったのは、お互い少年や少女とはもう呼べなくなりつつある歳の頃だった。
    ……この戦いが終わったら、また兄と一緒に暮らせるのだろうか。あの頃のように。
    「ロムのことを考えていたの?」
    ふと、その声にフィアは振り向いた。
    そこには、年齢を感じさせない美しい女性がいた。
    いうまでもなく、母フローラだった。
    天空人である彼女のことを、フィアはちょっとだけ羨ましく思っていた。天空人は寿命が地上人より長い。現にフローラを初めて見た人なら、彼女が二児の母とはとても見えないだろう。
    地上人と天空人とのハーフである私はどうなのだろうか。フィアはそんな考えが一瞬頭の中をよぎったが、すぐに忘れることにした。
    「おかあさん、覚えてる? まだ、わたしたちがサラボナで暮らしていた時のことよ。ロムおにいちゃんが、冒険だといって死の火山までわたしを連れて探検しにいったことがあったよね」
    「ふふっ、そんなこともあったわね」
    フローラは当時のことを思い出して、くすっと微笑した。
    子供の頃のロムはとても腕白で、フィアを連れ回しては二人で遊んでいた。ある日、自分の夫婦のなれそめを聞かされたロムは、いてもたってもいられずに、死の火山と呼ばれる危険地帯に冒険に出かけてしまったのだ。しかも、嫌がる妹を連れて。
    「あのあと、お兄ちゃんはお父さんに思いっきりおしりをぶたれたのよね」
    「そうね」
    リュカが子供に手を上げたのはその時一度きりだった。ロムはそれ以来おとなしい少年となり、どちらかというと外で遊ぶより中で本を読んだりすることの方が多くなった。そんな息子の変わりようを見て、リュカは自分のしたことを酷く後悔したのだが、それをフィアが知ったのは、ずっと後のことだ。
    「あれから、おにいちゃんはとても優しくなったわ。そんなおにいちゃんが、わたしはとっても大好きだった。この生活が長く続くものだとばかり思っていたのに……」
    「フィア……」
    「おかあさん、わたし不安なの。この戦いが終わっても、おにいちゃんはもう私達の元には帰ってこない気がして」
    「……」
    フローラは何も言えなかった。
    その予感は彼女も感じていたからだ。
    ロムの勇者としての覚醒は、彼からあるものを奪ってしまったのではないか。それは、彼の少年らしいみずみずしい心だ。今のロムは、自分が見ても立派なくらい勇者としての風格を備えてきている。だが、フローラにはそれが怖いのだ。
    「だいじょうぶよ、フィア、きっと、だいじょうぶ」
    フローラはそう言って、娘の手をぎゅっと握った。
    自分に言い聞かせるように、何度もだいじょうぶを反芻して。





    母と妹が自分に想いを馳せている、そのことを知るよしもない当の本人は、ラーの工房の隠し階段を延々と下っていた。
    やがて、それを降りきると、次に待っていたのは迷宮だった。
    まるで、一つの大きな空間を無数の壁で遮ったかのような、絵に描いたかのような迷路がそこにあった。
    「話に聞いたことがある。入るたびに構造が変わる迷宮があると。ここも、その類のダンジョンのようだな。なるほど、宝を隠すのにはうってつけだ」
    まるで遊園地に来た子供のように、アイメディスは目を輝かせる。
    「やれやれ、こいつは困ったなぁ」
    ロムは頭を抱えた。
    「……ん? あぁ、そうか。お前は方向音痴だったな」
    くすり、と彼女は笑う。
    ……どうしてそのことを? そう問いかけようとして、はっとした。そうか、と分かる。アイメディスはアイメルの記憶を引き継いでいるのだ。
    「ここは私に任せておけ。迷路やクロスワードの類は得意でな」
    「ほう、そいつは初耳だ。それじゃ、ここは君に任せるとするよ」
    そういって、ロムは素直に先陣を彼女に譲った。


    アイメディスの記憶力と方向感覚はロムも何倍も優れているらしい。二人は大して迷わずに、フロアを打破していった。
    道中には侵入者撃退用のゴーレムやメタルハンターといった無機質の魔物が配置されていたが、所詮二人の敵ではなかった。
    道中、様々な宝を手に入れたが、それらはロムの求めているものではなかった。
    いったいいつになったら目的のものを手に入れることができるのか。刻一刻と迫るタイムリミットを気にしつつ、ロムは先へと進む。


    様々なトラップもかいくぐり、ロム達は最下層と思わしきフロアまで到達した。



    そこは、これまでの複雑に入り組んだ迷宮とは打って変わって、シンプルな構造のフロアだった。
    部屋全体にぽっかりと底の見えない大きな穴が空いており、その中央にぽつりと小さな島が浮いている。
    「どうやら、あそこに目的のものはあるみたいだな」
    浮き島の中央に、小さな祭壇が見える。そこにあるのは、宝箱だった。
    「さすがに疲れた。ここが終点だと嬉しいんだけどなぁ」
    「きっとそうだろう。ここが最下層のはずだ」
    ロムとアイメディスは、浮き島へと続く細い橋を渡る。
    「……ん」
    浮き島に足を踏み入れた時だ。不気味な雰囲気が当りを包み込んだのを、ロムは感じた。
    「どうやら、すぐには手に入れさせてはくれないみたいだね」
    「そうだな」
    突然、轟音と共に地面を突き破って出現したのは、鋼鉄のボディに身を包んだ機械仕掛けの竜メタルドラゴンだった。
    「これは……!」
    「おそらく、ラーが発明した人工の魔物だろう! 気をつけろ、こいつ、ゴーレムやメタルハンターの比ではないぞ!」
    「キシャアアアアッ!!」
    甲高い声を上げて、メタルドラゴンはロム達めがけて突進してくる。
    ずんぐりとした巨体に似合わず、そのスピードはかなりのものだった。とっさにロムとアイメディスは左右に飛ぶ。反応がもう少し遅かったら、体当たりをまともに食らって奈落の底へ真っ逆さまに落ちていったに違いない。
    「ちっ、イオラ!」
    回避行動を取りつつ、アイメディスは手のひらに生み出したエネルギー弾をメタルドラゴンに向かって放った。
    しかし、イオラの爆発は特殊金属でできたメタルドラゴンのボディに着ず一つつけることはできなかった。
    「だめだ、こいつには魔法はきかない!」
    「ならっ!」
    ロムは天空の剣を引き抜くと、猛然と斬りかかった。だが、その一撃もカァンと乾いた音を立てて弾かれてしまう。
    「なんてやつだ。天空の剣が……」
    「シャアアアッ!」
    うなり声と共に、メタルドラゴンのガラスのような目がまばゆく光る。次の瞬間、一筋の光がロム目がけて放たれた。
    「なっ!」
    それは、言うなれば全てを貫通する光線だった。光はロムの肩を貫いた。
    「……っ!!」
    あまりの衝撃と痛みに声も出ず、ロムは衝撃と共に地面に倒れ込んだ。
    「ロム!!」
    アイメディスは彼に駆け寄ろうとするが、今度は彼女目がけて光線を発射した。
    「くっ!」
    かろうじて魔界の盾で光線を防いだが、
    「魔界の盾が……!」
    天空の盾に匹敵する強度を誇るはずの魔界の盾に、穴が空いていた。貫通はされなかったが、もし同じところにもう一度今のを食らえば……
    「おい、ロム! だいじょうぶか、しっかりしろっ!」
    アイメディスは叫ぶが、ロムは反応すらしない。
    ……まさか、今の攻撃で。
    「ロム、返事をしろ! おいっ!」
    「ゴォォォッ!!」
    よそ見をするな、とばかりにメタルドラゴンは今度はアイメディス目がけて突進してくる。
    「そこを、どけぇぇぇっ!」
    自分でも信じられないくらいの感情の高ぶりに、アイメディスは激昂した。
    魔界の剣にありったけの魔力を込めて、メタルドラゴンに正面から突っ込んだ。ものすごい勢いで。
    メタルドラゴンは第三射を放とうとする。だが、それよりもわずかにアイメディスの繰り出した突きの方が早かった。
    剣はメタルドラゴンの鋼鉄のボディをものともせずに、胴体に深々と突き刺さった。
    「燃え尽きろ!!」
    剣を引き抜き、穴の空いた内部にベギラゴンを放つ。
    「グギャアアアアアッ!!」
    甲高い断末魔の叫びと共に、メタルドラゴンは内部から大爆発を起こし、爆散したのだった。


    「ううっ、くっ……」
    爆発の余波をまともに受けたアイメディスも、無傷ではなかった。とっさにフバーハを唱えて威力は和らげたが、予想以上にダメージは大きい。
    「はぁはぁ……っ! ロム!」
    はっとして、アイメディスはロムの元へと駆け寄る。
    ロムは気を失っていた。あの光線をまともに受けたのだ。骨が砕けている可能性だってある。
    「まっていろ、いまベホマを……」
    うつぶせに倒れたままの彼を抱き上げ、貫かれたはずの傷口を見て、愕然とした。
    「な、なんだ……これは」
    そこには、確かに傷口はあった。
    肉を裂き、深々と空いた穴。
    だが、そこから当然流れるはずの液体がない。かわりにあふれ出ているのは、細かな光の粒子だった。
    「どういうことだ……ロム、おまえは……」
    驚くのはこれからだった。光の粒子の流出が止まると、彼の身体が突然光り輝きだした。そして、それが止んだ頃には、ロムの肩の傷は、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗になっていたのだ。
    「ん……」
    うっすらと、ロムは目を開ける。
    「ア、アイメディス……? や、やつは……」
    「あれなら、私が倒した」
    「……そうか。さすがだな」
    「そ、それより、お前、身体は大丈夫なのか」
    「えっ?」
    ロムは貫かれたはずの肩に手を当てる。
    「……ははは、どうやら、たいしたことはなかったみたいだよ」
    「ばか、そんなことがあるか!」
    アイメディスは叫んだ。
    「ア、アイメディス?」
    「おしえろ、ロム! お前、いつからだ。いつから、”生身の人間”じゃなくなっていた……!!」




    「あ……」
    ロムは小さく口を開けて、やがてはぁっと肩を落とした。
    「気づかれたか。あまり知られたくはなかったんだけどな」
    「……」
    「フィアや、父さん、母さんには内緒にしてくれるかい?」
    「教えろ、いつからだ」
    その問いには答えず、アイメディスは詰め寄った。
    ロムはうつむいたまま、ぽつりと洩らす。
    「……天界で、君に倒された後さ。僕は不死鳥にこのポンコツの身体をなんとかしてもらおうとしたんだ」
    「確かに、お前の勇者の力は肥大化しすぎていて、その力がお前の肉体をむしばんでいたのは知っている。だが、どうして……」
    「簡単なことさ。肉体が邪魔なら、それをなくしてしまえばいい」
    「なっ……」
    「アイメディス、僕はもう人間じゃないんだ。肉体は、不死鳥の炎によって焼失した。今の僕は、かつて僕の内側で抑制されていた勇者の力そのものなんだ。この身体は、そのちからが人間の姿をしているに過ぎない。ちょうどマネマネっていう魔物がモシャスの呪文を唱えるみたいにね」
    「くっ……!」
    アイメディスは拳を激しく地面に叩きつけた。
    「おまえは、なんでそんなに平然としていられるのだ。人間じゃなくなったのだぞ! もう、お前はうまい食べ物を食べることもできない。人と交わって子孫を残すこともできない! そんな身体になったというのに……!」
    「仕方がないさ。これしか方法がなかった。それに、これが僕の勇者としての定めというのであれば、僕はそれに従いたい。この気持ちに、嘘はないよ?」
    そういって、ロムは微笑んだ。
    「……お前は、歪んでいる……」
    アイメディスは、ロムの首に手を回し、自らの唇を彼の唇に押し当てた。
    ロムの唇は、温かかった。人間のぬくもりと錯覚してしまうほどに。



    「こいつがラーの魔道書か」
    ロムは祭壇の宝箱から、古びた書を手に取った。
    「こいつは……すごいな。見たことのない魔法ばかり書かれている。これは……変身を強制的に解く呪文……マジャスティス。こいつがあれば、エリオスの正体をはっきりできるはずだ」
    ぱらぱらとページをめくり、書かれている呪文に目を通す。
    マジャスティスの魔法は、意外なほどにシンプルな術法だった。これなら、ロムでも唱えることができそうだ。
    「よし、そうと決まればこんなところからはおさらばだ。アイメディス、すまないがリレミトの魔法を……」
    ロムが彼女に問いかけたその時だ。
    さっきまでうつむいたまま何も話さなかったアイメディスが、意を決したようにロムに話しかけた。
    「ロム……お前の肉体は、いつまで持つんだ」
    「……それは」
    「肉体を亡くしたといったな。今のお前は、いうなれば肉体を失って魂だけになったようなものだ、そんな状態が、長く続くわけがない……」
    「……たぶん、そんなに長くはない。一年か、半年」
    「……そんなに早く、か」
    「仕方がないさ。勇者としての力を使えば、その分パワーも消費される。それに、人間の時とは違って、こいつの力は自然回復しない……」
    「なら、お前が勇者としての力を使わなければ、何年持つ?」
    「……アイメディス?」
    「ロム。私と手を組め」
    「……っ!」
    ロムは急に真剣な目をして、彼女を見た。
    「お前の目的はイブール、光の教団の打倒であろう。私はイブールに与しているが、やつに忠誠を誓っているわけではない。ハナから裏切るつもりでいたのだ。イブール程度なら、私の力だけでもどうとでもなる。お前が力を使う必要はない」
    「アイメディス」
    「そうして、イブールを倒した後は、光の教団とやらも解散させよう。どうだ。悪い取引ではあるまい?」
    「……だけど、君のやろうとしていることも、魔族による地上征服だろう」
    「そうだ。それが我が亡き父の悲願だからな。私も魔族だ。瘴気で苦しめられている同胞を救いたいという気持ちに変わりはない」
    「だが、そうなったら人間はどうなる? 君たちは再び人間を滅ぼすつもりか。かつてのデスピサロがそうしようとしたように」
    「人間は許せんさ。その気持ちは今も変わらぬ。天空の神もな。神は滅ぼす。だが、人間は滅ぼさぬ。もちろん、刃向かう者には容赦はせぬが、魔族に忠誠を誓うのであれば、それ相応の権利は保証しよう。どうだ?」
    「話にならない。人間に魔族の従属になれというのか」
    「人間の心配などするなっ!!」
    アイメディスは声を荒げてロムに詰め寄った。
    「わからないのか! 私は、お前を死なせたくないのだ!」
    「……アイメディス」
    「ここまでにぶい男だとは思わなかったぞ! さきほど接吻したばかりだというのに、お前は」
    「え?」
    「……言葉で言わねばわからぬか。ならばいおう、ロム、愛しているのだ、わたしは、おまえを……」
    そういって、アイメディスはロムの身体に手を回した。
    「……い、いつから?」
    さすがのロムも、こればかりは動転して頭の中が真っ白になった。彼の十数年の人生で、女性に求愛されたのは、これが初めてだったのだ。
    「……私が、かつてアイメルだった頃からだ」
    「…」
    「……ロム、私の夫となれ。天空の勇者が魔王の夫というのも、それはそれで面白いとは思わぬか?」
    「……なるほど、そいつは、案外楽しそうだが……」
    ロムは、しんみりと呟くと、アイメディスの手に手をやり、それをゆっくりと、だが確かに彼女を突き放した。
    「……気持ちはうれしい。だけど、やっぱりだめだ」
    「ロム!」
    「わかってくれ! アイメディス、ぼくは、ぼくは勇者なんだ。勇者だから、僕は君の敵にすらなれど、味方にはなれない!」
    「……!」
    アイメディスは愕然とした。
    乾いた声で、「そうか……」と洩らす。
    「……ロム、私の想いを、お前は、受け取ってはくれないのだな。それとも、私がアイメディスだからか。おしとやかで遠慮がちなアイメルのほうが、お前の好みだったのか……?」
    「アイメディス、そうじゃなくて、ぼくは」
    「うるさいっ!」
    彼女は叫んだ。悲痛な声で。
    「ふ、ふふふ、ふふふふ」
    そして、肩を震わせて静かに笑う。
    「そうだな。考えてみれば、おろかな話だ。魔族の私が、お前を愛しているだと? 勇者であるお前を? 実にこっけいな話じゃないか。ロム……」
    「アイメディ……」
    ロムは彼女に近づこうとして、とっさに距離を取った。
    アイメディスが、魔界の剣の切っ先を自分に向けたからだ。
    「……お前が私のものにならないというのであれば、答えは一つしかないな」
    それは、決別の宣言だった。
    ロムは背中に帯剣した天空の剣に手を伸ばす。
    「ロム、私の目算が正しければ、私とお前との力はほぼ互角。だが、お前の力は有限だが、私はそうではない。この差は大きいな……!」
    「くっ……」
    ロムはややためらったが、天空の剣を鞘から引き抜いた。
    「ロム、私が殺せるか? かつてアイメルだった私を!?」
    「……!」
    ロムは叫ぼうとした。殺せる、と。たとえアイメルといえども、魔に属するのであれば、人間に害を成す存在ならば、倒さねばならない。
    それなのに、ロムは喉が枯れたように声が出ない。
    「ロムゥゥ!!」
    アイメディスが剣を手に突っ込む。ロムが動くよりわずかに早く、彼女の剣がロムの眼前に迫る。
    やられる、と思った瞬間、突然ピタッと寸前のところで剣が止まった。
    見上げると、アイメディスの目に、大粒の涙が溜まっていた。
    「どうやら、私の中で、お前の存在は予想以上に大きくなっていたようだな。いや、これは、かつてアイメルだった頃に抱いていた恋心がそうさせているのか……」
    「アイメディス……」
    「ふ、ふふふふ、確かに、我が覇道の成就に、この恋心は不要以外の何物でもないな」
    アイメディスは剣を納める。
    そして叫んだ。
    「ゲマ! 来ているであろう!」
    その呼び声に呼応するかのように、何もない空間から暗黒の法衣に身を包んだ魔族が浮かび上がった。
    「完全に気配を消していたのですが、さすがですな、アイメディス様」
    「ゲマ……!」
    ロムは天空の剣をゲマに向けた。
    「まだ生きていたのか。しぶといやつだ」
    「おっほっほ、ですが、それはあなたとて同じこと。肉体を捨ててしまっていたとは、お気の毒に。リュカやフローラが、さぞや悲しまれることでしょうな」
    「くっ……」
    痛いところを突かれた、とばかりにロムは唇をかみしめる。
    「して、アイメディス様。どうなさるのですか。残念ですが、今の私ではロムと戦っても勝ち目はありません。あなたのかわりに戦うことは……」
    「そんなことはわかっている」
    アイメディスはロムから強引にラーの魔道書を引ったくると、まるで目星をつけていたかのようにぱらぱらとページをめくり、そこに書かれていた呪文を指さした。
    「この魔道書にフュージョンという魔法がある。みたところ、二人の人間を一つの人間に合体させる魔法らしい」
    「まさか、その呪文を使ってロムと合体なさるのですか……?」
    「なっ……!」
    それを聞いて、ロムは一歩後ずさる。
    「馬鹿を言うな、勇者と合体など、死んでもごめんだ。私が言いたいのは、合体させる呪文があるのなら、二つに分ける呪文があってもおかしくはないのではないか、ということだ」
    「……そ、それは、たしかに、フュージョンの呪文の応用を使えば、できないことはないかもしれませぬが」
    「なら、さっさとそれを試せ。我が身体で」
    「ど、どういうことですか」
    「私がロムを殺せない理由はただ一つ。私の中で、いまだにアイメルとしての心が生きているからだ。我が覇道に、センチメンタルな乙女心など不要よ」
    「……そういうことですか」
    ほほほっ、とゲマは笑った。
    「わかったらさっさとやれ」
    「アイメディス、きみは、いったいなにを……!」
    「ロム、さよならだ。今度こそ私は、お前の敵となる」
    その言葉と同時に、アイメディスの身体がまばゆく光り出した。
    ゲマの呪文が作動したのだ。
    「肉体を共有せし二つの心よ、今こそ二つに分かれたまえ……フュージョン、アウト……ッ!!」



    「な、なにが、起こったんだ」
    まばゆい光に視力をやられ、ロムは目を瞑らざるをえなかった。
    徐々に光が和らぎ、やがて完全に元に戻った。
    うっすらと、ロムは目を開ける。
    「なっ……」
    ロムは見た。
    同じ姿をした二人の女性の姿がある。一人はアイメディス、もう一人は全裸のまま、地面に倒れ、気を失っている。もう一人の少女のことを、ロムは確かに知っていた。
    「ア、アイメル……」
    ロムは倒れているアイメルに近寄り、彼女を抱き起こす。
    産まれたままの身体から感じる、生きているぬくもり。
    「まさか、本当に分かれたのか、アイメルと、アイメディスとが……」
    「その、まさかだ」
    アイメディスはにやっと笑う。
    それは、今まで見たことのない、残虐な笑みだった。
    「ふふふ、ふはははは! こいつはいい! すっきりとしたいい気分だ!」
    アイメディスは甲高く笑うと、ロムに向かって突然イオラの呪文を放った。
    「なっ!」
    慌てて彼は天空の盾でその呪文を防ぐ。
    あまりの威力に、ロムは盾を構えつつ吹っ飛んだ。
    (い、いまの一撃は、本当に僕を殺そうとして放っていた……)
    間違いない。このアイメディスは正真正銘、魔王そのものだった。
    「今までためらっていたのが嘘のようじゃないか! しかも、二人に分かれても力は全く落ちていない」
    「それはそうですとも。魔力の配分はほとんどアイメディス様に。そこに倒れているもう一人のアイメディス、おっと、アイメルですかな、そいつには、何の力も残っていません。もはや、ただの女です」
    「ほう、ならば、生きている価値などないな」
    アイメディスはそういうと、倒れているアイメルに向かってゆっくりと歩いて行く。
    「や、やめろ!」
    ロムはそれよりも早く、アイメルの身体を抱きかかえた。
    「おやおや、その女をどうするつもりだ? 天空の勇者よ。何の力もなくなったとはいえ、その女も魔族、お前の敵なのだぞ」
    「魔族全てが敵というわけではない! 勇者は、魔族殺しではない!」
    「ふ、まぁ、どうでもいいことよ。お前はどうせ、この場で死ぬのだからなぁっ!!」
    アイメディスは呪文の詠唱を開始した。凄まじい魔力の波動が彼女の身体を通して流れ出る。それはさながら台風のようだ。
    「この遺跡もろとも吹き飛べぇっ!」
    アイメディスが呪文を唱えた、まさにその瞬間だった。
    いつの間にか目を覚ましていたアイメルが、最後の力を振り絞ってとある呪文を唱えたのだ。
    それは、リレミトだった。
    ロム達の姿が消えた瞬間、閃光が周囲を包み込んだ。





    ロムとアイメルは、ラーの工房から少し離れた砂浜に瞬間転移した。
    「た、たすかった、のか。しかし、どうやって」
    その時、彼は見た。空が真っ赤に燃えている。工房から吹き上がる炎の柱のせいで。
    「なんて威力だ。あんなのを食らっては、さすがにひとたまりもなかった……」
    「……ロム」
    ロムの腕の中で、か細い声が確かに聞こえた。
    それは、本当に久しぶりに聞いた、懐かしい声だった。
    彼の腕の中で、アイメルは儚げだが、柔らかな笑みを浮かべていた。間違いない。その表情はアイメディスではない。彼のよく知るアイメルだ。
    「アイメディス、いや、アイメルって、呼んでいいのかな」
    「……」
    アイメルは、こくん、と頷いた。
    ロムの胸の中で、熱いものがこみ上げてくる。
    だが、彼はあえてその感情を押し殺して言った。
    「とりあえず、今はこの場を離れよう」
    「うん。そのほうがいい。今のわたしは、あなたの足手まといにしかならないから……」




    つづく
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