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2014.12.10 Wednesday

反竜伝記 完結編 第二部 第41話 ラーの工房

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     今年中の更新はおそらくここまで。
     

    反竜伝記 完結編 第二部 第41話 ラーの工房


     魔界の戦士、リーシャに連れられて向かった先は、入り江に空いた洞窟だった。
     入り口を警備する歩哨の二人が彼女に向けて敬礼する。
    「話は伺っています。どうぞ、お通りください」
    「……ふん」
     アイメディスは気にくわない顔つきで、黙って洞窟の中へ入る。

     洞窟内部はお世辞にも快適な空間とはいえなかった。
     湿気とほこりのにおいに、息苦しさを覚える。
     唯一の救いはところどころに配置された燭台のおかげで真っ暗ではないことくらいか。
     洞窟の中はかなり入り組んだ作りになっていた。天然の洞窟を拡張したのか、いくつもの部屋が見られる。
     貯蔵庫、武器庫、兵士の訓練所、確かにこれ以上ないくらいのアジトっぷりだ。
    「おい。どこまでいくつもりだ。私達には余分な時間などはないのだぞ。一刻も早くラーの魔道書を見つけなければならないんだ」
     一向に目的地に着かない苛立ちから、アイメディスは食ってかかった。
    「ご安心を。あなたがたの求めるものの手がかりは、この先にあります」
    「なんだと?」
    「つきました。ここが、王の間です」
     ロム達は重厚な扉の前に立っていた。
    「これは、ミスリル製の扉か」
     ロムは青白く鈍く輝く扉に手を当てて呟いた。
    「すごい。こんなに分厚いとなると、並大抵の攻撃呪文ではびくともしないな」
    「ここが、文字通り、私達の最後の砦ですからね……失礼します」
     リーシャは、扉を開けた。
     やはり、彼女も魔族なのだ。この重厚な扉が、いとも簡単に開かれた。
     その先に待っていた者は、一人の年老いた老人だった。



     広い空間に敷き詰められた赤い絨毯。その先にぽつんとさびしげに置かれた玉座に、その老人は座っていた。
     一見すると、ただの年老いた国王にしか見えない。だが、ロムにはわかった。この男こそ、全ての戦いの中心にいた人物だった。過去形なのは、すでに彼は事態の主軸からは外されて久しいということだ。この状態が、それを物語っていた。
    「おぉ、待っておったぞ。地上から来た客人達よ」
    「あなたは……」
    「うむ、我こそが魔界を統べる王、ミルドラースじゃ。いや、だったと言うべきか」
    「魔王、ミルドラース」
     そう、ロムの呟いた通り、彼こそが魔界の王ミルドラース。つまり、魔王と言える存在だった。
     世が世なら、互いに宿敵として刃を交える存在。勇者にとって倒すべき敵、それが魔王だった、はずだ。
     だが、目の前の老人には、魔王という言葉はすでにすぎた肩書きだった。
    「今のわしには、何の力もない。魔力も、権力すらもな、ごほっ、ごほっ」
     とたんに、ミルドラースは咳き込んだ。かつては絶大な魔力を持って魔界に君臨した魔王も、今は病に冒されたただの老人に過ぎなかった。
    ふ、ふぅ。とんだ醜態をさらしてしまったのぅ。魔界の瘴気は、身体に毒での。それは、魔族といえども変わらぬ」
    「……あなたのことは、父から聞いています」
     そう、ロムは知っている。魔界の王ミルドラースは、かつて人間界を征服しようとした魔王ではないことを。
     彼の父リュカは、ライオネックのライオスと共に、一度魔界に来ているのだ。そして、ミルドラースと会った。彼の母マーサとも……
    「ふふ、勇者殿。そなたは、このわしを憎いと思うかな? 魔族の王であるわしを、今ここで倒すことも、そなたなら可能じゃろう」
     まるでロムをためすかのように、ミルドラースは言った。
    「勇者にとって、魔王は倒すべき敵。確かに、その通りです。ですが……僕にとっての敵は、あなたがたではありません。真に倒すべき敵は、あなたがたをこの場に追いやり、人間を虐げ、その犠牲の上に地上に自分たちの楽園を築こうとしている者達です。それに、言いにくいことですが、今のあなたを倒したところで、何の意味もない」
    「……ふふっ、聡明なことじゃな」
     ミルドラースはそういって、柔和な笑みを浮かべた。
    「歓迎しよう、勇者殿。我らはそなたにできる限りの援助を惜しまないことを約束しようではないか」
     

    「ふん、都合のいいことだ」
     その様子をアイメディスは皮肉めいた目で見つめていた。
    「もはや、魔族のプライドなどないということか」
    「アイメディス殿!」
    「よいのじゃ、リーシャ」
     諫めようとしたリーシャを制したのは、他でもないミルドラースだった。
    「そなたは、アイメディスじゃな。今は亡きデスピサロ様の遺児というが……」
    「そうだ。世が世なら、私こそがその玉座に治まっていたはずなのだ。ミルドラース王」
     アイメディスはそう言おうとしたが、口に出る寸前で引っ込めた。
     それは、あまりにも見苦しいと気づいたからだ。
    「ミルドラース王、私は一応、イブール側の人間だ。あなたがたのアジトを教祖に洩らすとは思わんのか?」
    「……かまわぬ。わしも、この逃亡生活にいささか疲れた。もう歳だし、跡継ぎとなる王子もいない。それに……」
     ミルドラースは深いため息をつくと、肩を落として呟いた。
    「もはや、ここには守るべきあの方もおらぬ」
     その悲しい表情を見て、ロムは悟った。
     自分の祖母であり、父リュカの母でもあったマーサは、すでにこの世にはいないのだと。
     ミルドラースは淡々と語り出した。
     それは、マーサがすでに死病に冒されて、余命幾ばくもなかったことだ。
     人間にとって、魔界の瘴気は毒以外の何物でもない。そして、元々身体が丈夫ではなかった彼女にとって、ここの生活は自らの寿命を著しく縮める結果となってしまった。
     やがて彼女は病に冒された。亡くなる寸前まで、彼女は息子と、その家族に想いを馳せていた。
    「……そうですか、逝ってしまわれましたか。本来いるべき方のお側に」
     ロムの目には、熱いものがこみ上げてきていた。
     一度でいいから、お会いしたかった。そして、祖母を父の元に帰してあげたかった。
     それはロムの悲願であり、リュカの長い旅の目的でもあったはずなのに。



     その後、ロムはミルドラース王にラーの魔道書を欲している理由を話した。
     豹変してしまった親友の正体を見極めるために、ラーの鏡が必要だったこと。だが、すでにその鏡はなく、諦めかけていたところにラーの魔道書の存在を知ったことを。
    「ラーの工房は、アスターテの入り江にある」
     あっさりと、ミルドラースの言葉により、ラーの魔道書の在処が判明した。
    「ただ、一つ問題がある」
    「問題、とは」
    「伝説の魔術師ラーは、とても人見知り、いや、人間不信な人物でな。彼がラーの鏡を作ったのも、己の性格に寄るところがある。そんな彼だ。自分の死後、自らの研究結果が外部に漏れるのを恐れた。そこで、自らの研究の成果の全てを、一つの箱に収めたのじゃ。恐ろしい箱にな」
    「まさか、それはミミックではあるまいな」
     アイメディスの問いに、ミルドラースは黙って頷く。
    「ちっ、なんてことだ。ロム、悪いことはいわん。今回は諦めた方がいい」
    「えっ、なぜだい?」
    「ミミック、またの名を死を呼ぶ呪われた宝箱だ。その名の通り、不用意に開けた者の命を吸い取ってしまうという」
    「うむ。かつて、何人もの盗掘者、冒険者がラーの宝箱を開けようと挑んだが、誰一人生きて宝を持ち帰ったものはいない」
    「…………」
     ロムは口元に手を添えてしばらくの間目を瞑った。
    「死を呼ぶ呪文、か……なら、あれが使えるかもな」
    「あれ……とは?」
     その問いに、ロムはただ微笑んで返した。




     丁度その頃。
     光の教団の総本山、セントベレス山の頂上に築かれた大神殿は、今まさに完成されようとしていた。
     世界中から集めた奴隷の血と汗と屍を吸い込んで建てられた神殿は、一見すると神々しい輝きを放っている。だが、ここが地上侵攻の中心になっていることを知っている者はごくわずかだった。
    「なんと美しい。新しい魔族の聖地に相応しいな、この神殿は」
     そう感嘆の言葉を発したのは大神殿の警備隊長をつとめる竜の戦士シュプリンガーだった。
    「あと二日もあれば、全ての工程が終了します」
     そう答えたのは、部下であり、奴隷の監督役でもある下級魔族のムチおとこだった。
    「奴隷どもは大神殿が完成すれば自由の身になれると思っているようですが……」
    「愚かなことよ。無知な奴隷共は知らぬのだな。古来城なり神殿なりを作らされた奴隷達が最後にどういう末路を辿ったか……」
     そういって、シュプリンガーはにやりと口元を歪めた。
    「用がなくなった奴隷をどう処分してくれようか。さぞや凄惨で楽しいパーティとなることだろうよ」
    「げへへへへ、楽しみですなぁ」
     じゅるっと、ムチおとこは長い舌で口元をなめ回した。
     そんな時だ。
    「むっ、あの方は」
     シュプリンガーの視界に、とある人物が写った。
     陽炎のように揺らめく亡霊のような男が、こちらに向かって近づいてくる。
    「おぉ、シュプリンガー隊長、こんなところにいましたか……」
    「……ゲマ様」
     シュプリンガーは重々しくかつての上司の名を口に出した。
     そう、目の前にいるのは、今や肉体を失い、霊体だけの存在となった魔族の魔術師、ゲマのなれの果てだった。
    (なんとお労しいお姿だ。これが、あのゲマ様か。かつてはイブールと双璧を争ったお方とは思えぬほどの弱りようではないか)
     今のゲマには、往年の魔力はない。おそらく、自分でも五分の勝負ができるだろう。
    (約十年前のデモンズタワーの件は聞いている。ゲマ様がグランバニア王に敗れ、肉体を失ったことは知っていたが……)
     この方はこんな変わり果てた姿になってまで、何を成そうというのだろうか。シュプリンガーには知りようがなかった。
    「アイメディス様を見かけませんでしたか。近頃、お姿を見かけないのですが……」
    「さ、さぁ、あいにくと私も存じ上げません」
    「そうですか……まさか」
    「……ゲマ様?」
     ゲマはひとりぶつぶつと呟くと、シュプリンガー達のことなど最初から気づかなかったかのようにふらっと去って行ってしまった。




     ミルドラースと別れたロムとアイメディスは、休む間もなくアジトを出発し、半日を要してアスターテの入り江にたどり着いた。
     そこは、木一つ生えていない不毛の地だった。さざ波の音以外は全くの無音で、動物の鳴き声すら聞こえてこない。海は濁り、濃い絵の具で塗りつぶしたかのような不透明さだ。
    「話に聞いていたのとは大違いだな。ラーは、本当にこんな場所に住んでいたのか」
    「案外、この風景が本当に美しく思えたのかもしれないぞ。ラーは変わり者として有名だったからな」
     ロムもアイメディスも、さほど感傷には浸らずに目的の場所を探した。
     それは、すぐに見つかった。
     切り立った断崖の麓に、ぽつりと廃屋となった工房がある。それこそ、ラーの工房だった。
     留め具の外れた扉を開けて中に入る。
     つん、と鼻につく埃とカビの臭い。内部もひどく荒れ果てていた。朽ちたテーブル、割れた窓ガラス、床に散らばったフラスコの残骸……
    「気をつけろよ、床が腐ってる」
    「あ、あぁ」
     ロムは足下に気をつけながら、目当ての箱を探す。
     だが、探せど探せども、それらしき箱は見当たらない。
    「おかしいな、確かにミルドラースさんはここにあると言っていたのに」
    「おい、ロム」
     アイメディスが彼を手招きした。
    「どうしたの?」
    「見てみろ」
     彼女がつま先で床を叩く。ここだけなぜか作りがしっかりしていて、他と比べて朽ちていない。
    「……なるほどな、わかったぞ」
     ふっ、とアイメディスは口元を歪ませた。
    「ロム、こいつは擬態だ」
    「擬態?」
    「あぁ、見ていろ」
     彼女は大きく息を吸い込むと、両手に魔力を集中し出した。
     そして、溜めた気を一気に放った。

    「はああぁぁっ!!」

     すさまじいまでの波動が工房中に嵐となってうなりを上げる。
     全ての魔法効果を吹き飛ばす、凍てつく波動……!
    「くっ、凄まじい魔力の激流だ」
     吹き飛ばさないように、ロムは必死に踏ん張る。
     その中で、彼は見た。
     アイメディスの放った凍てつく波動によって、この工房全体に張り巡らされていた偽りの姿がはぎ取られる様を。
     
     凍てつく波動の効果が止んだ時、すでに工房内は変貌を遂げていた。
     先ほどまでの朽ち果てた廃屋の姿は見る影もない。そこは、今もなお機能していると言われても納得してしまうほどの、機能性に富んだ研究室だった。
     床に散らばっていたフラスコの残骸も、いつの間にか整然と並べられ、本棚には研究用の書物がびっしりと詰め込まれている。棚に飾ってあるのは、見たこともない魔道具の数々……
    「これは……」
     ロムはその中の一つを手に取った。
    「どうした、ロム?」
    「あ、いや」
     彼はとっさに、手に取ったモノをポケットにしまい込み、彼女の元に戻る。
    「見ろ」
     アイメディスは先ほどまで何の変哲もなかった床を指さした。
     それは、いつの間にか固い金属の板に変わっていた。アイメディスは金属板の隙間に指を入れ、慎重に取り外す。
    「ビンゴ、だ」
     彼女はそう言ってほくそ笑んだ。
     そこには地下へと続く隠し階段があった。
    「隠し部屋に続く階段とは。いい趣味しているな」
     ロムはそういって苦笑する。
    「さぁ、いくぞ。ここから先は用心しろ。なにせ、生きてラーの魔道書を持って帰った者はいないという話だからな」
    「そういうことなら、僕が先に行こう。アイメディス、君は背後を頼む」
    「ふん、私に背後を任せていいのか? これを機に後ろからぶすりといくかもしれんぞ?」
    「君はそんなことはしないさ」
     ロムは迷うことなく言い切った。その言葉を聞いたアイメディスはわずかに頬を染めて、「馬鹿者が」と呟いた。
     その時ばかりは、ロムには彼女がアイメルに見えたのだった。


     つづく



     





     









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