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2014.06.11 Wednesday

反竜伝記 完結編 第二部 第38話 天空城、浮上

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    おまたせしました


     

    反竜伝記 完結編 第二部 第三八話




    光の教団の本部。教祖の間。
    燭台のわずかな明かりを除けば、暗黒が空間を支配している。
    ふと、燭台の火が揺らめいた。
    「何用だ」
    イブールは振り向かずに言った。
    突如現れたのは、怪しく揺らめく影……密偵の魔物であった。
    「一大事でございます。イブール様。フィア達が、沈んだ天空城に」
    「そうか」
    だが、イブールはその報告にも冷静だった。
    「捨て置け」
    「よ、よろしいのですか。かつて、我々がやっとの思いで堕とした天空城を、再び浮上させられては」
    「浮上などできぬ。一度沈んだ城は、二度と浮かび上がることはない」
    「そ、それは、どういう……」
    シャンッ、とイブールは錫杖を鳴らした。まるで発言を禁じるかのように。
    「そんなに暢気に事を構えていて、果たしていいのかな?」
    ふいに聞こえてきた声は、影のものではなかった。
    かつてアイメルと呼ばれていた女魔族……アイメディスだった。
    「アイメディス」
    ようやくイブールは振り返った。
    「フィアはここにきて、勇者として覚醒しつつある。ロムには劣るが、やはり天空の勇者の血筋。放っておけば、教団にとって目障りな敵になるのではないか」
    「ふっ、なるほど。一理ある。先代の魔王も、勇者を見下したがために命を落とした」
    それは明らかに、彼女の祖先、デスピサロを嘲笑したものだった。
    だが、アイメディスは顔色一つ変えない。腹の中では怒りが煮えたぎっていたが。
    「いいだろう。不安分子は早めに取り除くことにしよう。私自ら、な」
    「なっ! イ、イブール様自ら、でありますか!?」
    影は驚きを隠せずに言った。
    「し、失礼ながら、イブール様が行かなくとも」
    「獅子は兎を狩る時も決して容赦せん。まぁ見ておれ。ふふふふふ」
    イブールは口元を歪めた。冷静な瞳の奥に宿るもの、それは好戦的な野生のぎらつきに他ならなかった。



    アストロンの呪文により鋼鉄となった一行は、湖畔の底へと沈んでいった。
    ……不気味な湖ね。魚の姿が一匹も見えない。
    フィアは寒気を覚えた。これも、天空城が沈んだ影響なのだろうか。
    (フィア、聞こえる?)
    ふいに、自分の頭の中にフローラの声が聞こえてきた。
    鋼鉄の身体と化しているうちは声を出すことができないので、テレパシーで会話する。彼女のアストロンにはそういったアレンジが施されていた。
    (うん、聞こえるよ、母さん)
    (このままいけば、あと数分もしないうちに湖底にたどり着けるわ。そうしたら、アストロンの呪文を解くのよ)
    (ほ、ほんとうに解くんですか……)
    おびえた声で言うのは、やはり金槌のプサンだ。
    (おぬし、まだそんなことをいうとるのか)
    ブライが呆れた。
    (だいじょうぶですよ、プサンさん。さっきもいいましたけど、天空城の周辺には結界が張ってあって、結界内ならちゃんと空気もありますから。まぁ、そこまで必死に泳がなきゃいけませんけど)
    (うぅ……)
    プサンがいじけたその時だった。
    突然轟音と共に一陣の閃光が一行の間を貫いていった。
    (な、なにっ!? 攻撃っ!!?)
    (わ、わすれていました!)
    セーラが叫ぶ。
    (天空城には、外敵の侵入に備えて発動する迎撃機能があるんです!)
    (な、なんですって!)
    (そんなの、わしらの時代にはなかったぞ!!)
    フローラとブライが一斉に叫ぶ。
    (魔王との戦いの後、マスタードラゴン様がおつけになった機能なのです。まさか、こんな湖の中でも作動しているなんて……)

    湖畔に沈む天空城。その屋根にある宝玉がまばゆく光っている。それは、天空城に侵入しようとする者を排除するために魔力をチャージしているに他ならなかった。
    そこから放たれるデイン砲は、どんなものも打ち砕く力があった。それは、アストロン化したフィア達ですら、例外ではない。


    (さきほどの攻撃は威嚇射撃です! けど、こんどは確実に当ててきますわ!)
    (フィア! アストロンを解くのじゃ! このままでは、ねらい撃ちされるだけじゃぞ!)
    (そ、そんな! ここで解いたら、窒息死しちゃいますよ!)
    (ええい、愚か者め! このまま待っていても、デイン砲の光で砕け散るだけじゃぞ!)
    (う、うぅ……ええい、こうなりゃやけだ! フィアさん、お願いします!)
    プサンもどうやら覚悟を決めたらしい。
    (わかりました、アストロンを解除しま……!)
    フィアがそう言おうとした時、一瞬だけ遅く、デイン砲の強烈な光がフィアの眼前に迫っていた。
    「フィアッ!!」
    フローラが叫ぶ。
    それと同時に、光は膨張して爆発。周囲一体を吹き飛ばした。


    「ッア……フィア……! しっかり!」
    身体が揺さぶられている。そして、聞き覚えのある声に、フィアは意識を取り戻した。
    「マナ?」
    「よかった、気がついたのね!」
    マナはほっと胸をなで下ろした。
    「いたっ……」
    起きあがろうとして、身体に痛みが走った。
    「だ、だいじょうぶ。落ちてきた時、したたかに地面に身体を打ち付けたみたいだったから」
    「落ちてきた?」
    そう言われて、フィアは空を見上げた。
    それは、なんとも不思議な光景だった。
    天井に広がっているのは液体の空だった。まるで沈めた透明のコップの中から外をのぞいているかのような景色がそこにはあった。
    その時ようやく、フィアはここが天空城の結界の内側であることを悟った。
    その証拠に、眼前に神秘的な城がそびえ立っている。
    見たことのない様式の美しい文様が随所に施された、本来は天空に浮かんでいるであろう神の城。見たことのない美しい石で作られたその城は白銀に輝き、見るもの全てを圧倒させた。
    ……あれが、天空城。
    あまりの美しさに、フィアは言葉も出なかった。
    彼女がいる場所は、天空城の本丸から離れた庭園だった。
    太陽の光も届かない湖底だというのに、美しい花々が咲き乱れ、果樹はいろ鮮やかな果実がたわわに実っている。
    「みんなは、どこにいったのかしら」
    「わからない。無事だと思うけど、あの時の攻撃で散り散りになってしまったんだと思う。私達はたまたま同じ場所に落ちたのね」
    「参ったわね。連絡を取る手段もないし。仕方がないわ。先へ向かいましょう。きっと、母さん達も向かっているはずよ。あの城に」
    フィアは悠然とそびえ立つ城を指さしてそう言った。




    天空城はそれそのものが一つの都市のようだった。
    いくつのもブロックに区分けされており、庭園、農業プラント、居住区、商業区など、ここがただ神がいる城ではなく、天空人の都だったことが伺えた。
    しかし、そのどの区域にも、人の姿は一人も見あたらなかった。
    かわりに辺り一面を跋扈していたのは、邪悪な魔物たちだった。
    おそらく、天空城を襲った魔物達が繁殖したのだろう。いたるところが破壊され、荒らされ尽くされており、聖域だったころの面影は、もはやない。
    「失われし、楽園……といったところね。これは」
    廃墟と化した天空城の城下町を目にして、フィアが言う。
    「……」
    そんな中、マナはじっと、言葉もなく周囲の町並みを見ている。何かに取り憑かれたかのように。
    「どうしたの、マナ」
    「わたし、ここ、知ってるような気がする」
    「え? でも」
    フィアは驚いたが、
    「きっと、気のせいよ。だって、ここは」
    「ううん。わたし、この町を知ってる。来たことがある……!」
    マナはそういって駆けだした。
    「あっ、まって、マナ!!」
    慌ててフィアは追いかける。
    そんなわけがない。ここは、海に沈んだ天空城なのだ。
    やっとの思いで、フィアはマナに追いつく。
    「マナ、あなたの気のせい。デジャブよ」
    「ううん。違う。わたし、覚えているわ。この先の路地……」
    マナは寂れた路地裏を指さした。
    「この先に、仲むつまじい装飾屋の夫婦が住んでいたわ。ついてきて!」
    マナはフィアの手を引いて、奥へと進んだ。
    「あっ」
    目の前の朽ち果てた建物を見て、フィアは息を呑んだ。
    それは、確かに装飾品を扱っていた店のなれの果てだった。
    ウィンドウは割れ、陳列されていた飾りのほとんどは壊されていたが……
    「やっぱり……」
    マナはぐったりとその場にへたり込む。
    「マナ、あなたは、いったい?」
    気のせいなどではなかった。マナは確かに、ここ天空城の都市にいた。
    だが、やはりおかしい。
    天空城が沈んだのは、今よりだいぶ前。マナはこの世に産まれてすらいないはずなのだ。
    それが、なぜ……?
    「わたしは、いったい何者なの……?」
    「マナ。その答えが知りたいのなら、やっぱりあそこにいくしかないわ」
    フィアは改めて、天空城を指さした。
    全ての謎は、天空城に集約されている。フィアはそう確信していた。




    一方、その頃。
    フィアやマナと離ればなれになったフローラだったが、すぐにブライ、プサン、セーラの三人と再会できた。
    彼女たちもフィア達は天空城に向かっているであろうと思い、城を目指して突き進んでいた。
    「ブライ様。どうやって、天空城を浮上させようというんです?」
    プサンが聞く。
    「天空城が沈んだ原因は、おそらくオーブにあろう」
    「オーブ?」
    「うむ。とてつもない魔力を秘めた結晶じゃ。この天空城を、天空に浮かべてしまえるくらいの、とほうもない魔力をひめし宝玉じゃよ」
    「し、しかし、宝玉がないから、天空城は湖に沈んだのではないですか?」
    「……」
    ブライは立ち止まった。神妙な顔をして。
    「そろそろ、全てを話す時がきたようじゃな」
    「ど、どういうことです?」
    「プサンよ。おぬし、自分の過去のことは覚えておるか?」
    「な、なんです、唐突に。当たり前ですよ。私は、天空学を学ぶ学者で……」
    「ほう。では、どこの大学を出ておる?」
    「え、えっと、そ、それはもちろん、エンドール帝国大学ですよ」
    「エンドール帝国大学に、天空学などという学問は扱ってはおらんよ」
    「……え?」
    プサンの顔色が、さぁーっと青ざめた。
    「そ、そんなばかな! 私には確かに記憶がある! 大学のキャンパスで、同じ学徒達と学び、熱い議論を交わした記憶が!」
    「では、おまえの娘マナじゃ。マナは、おまえの娘じゃったな」
    「は、はい」
    「それでは、マナを産んだ母親、つまり、おまえの妻の名を言ってみい」
    「そ、それは……」
      だめだ。名前が出てこない。
    「もういいじゃろう。おぬしは立派に自分の役目を果たした。そろそろ、止まっていた時間を進めてもいいころじゃ」
    そういうと、ブライはプサンの額に杖を当てた。
    「今こそ、封印せし記憶をよみがえらせよう。プサンよ!」
    ブライの杖が眩しく輝きだした。
    「あ、あぁ」
    プサンの脳裏で、何かが弾けた。
    長年、無意識のうちに感じていたもやもやとしていた部分が、霧が晴れたかのようになくなっていく。
    杖の輝きが消えたころには、プサンは冷静さを取り戻していた。
    「プ、プサンさん。大丈夫ですか?」
    「ご心配なく、フローラさん。私は、全てを思い出しました。私が何者なのかも、この天空城に何が起こったのかも」
    プサンは改めて、自分の真の名前を告げた。
    「プサンという名は正体を隠すための仮の名。本当の名前は、天空城サブ管制制御演算結晶体、シルバーオーブ。それが、私の本当の名前なのです」




    「えっと、それって」
    「ふむ、おぬしにはちとわかりにくかったかのぅ。簡単に言うと、この天空城は生きておるのじゃ。そして、その頭脳に当たる二つの結晶体のうちの一つが、このシルバーオーブなのじゃよ」
    「でも、結晶って、プサンさんはどうみても人間では」
    「ふふ、この姿は、移動用のかりそめの姿。本当の姿は……」
    プサンの体が眩く輝いた。眩しさに目がくらんでいると、
    「あっ!」
    いつの間にか、プサンの姿は変わっていた。人の手のひらほどに収まる銀色の水晶が、空中に浮かんでいる。
    「これが、本当の私の姿です。そう、そして、マナも」
    「マナも、あなたと同じなの!?」
    「そうです。彼女はゴールドオーブ。天空城メイン管制制御演算結晶体」
    「メインってことは」
    「そう、彼女こそ、天空城の真の動力源にして頭脳。私は彼女の補助を担当しているに過ぎません」
    あまりの突然のことに、フローラは何も言えない。
    「全てを話しましょう。なぜ、天空城が湖底に沈んだのか、そして、私たちが記憶を封印するまでのことを」


      それは、まだ天空城が大空にあったころのことだった。
     

      天空に浮かぶ神の国。地面からくり抜かれた大地の上に築かれた都市には、天空人と呼ばれる神の民達が平和に暮らしていた。
    神に仕える者として作られた彼らは、皆清らかな精神を持つ存在だった。地上の人々と比べて気性は穏やかで、争いごとは好まない。
    人々はおごそかに、穏やかに毎日を送っていた。その日が来るまでは。

    魔族達は、突然襲ってきた。
    前触れもなくあふれ出る魔物の群れに対し、天空の都市は瞬く間に大混乱に陥った。
    彼らは平和ボケしていたわけではなかった。常日頃から魔界を監視しており、いずれ来るであろう魔族の襲来に備えていたはずだった。
    だが、その日に限って、魔族の襲来を察知できなかった。敵の奇襲を告げるはずの警戒の灯火が、何者かによってすでに消されていたのだ。


    「メラゾーマ!!」
    放たれた紅蓮の火球が炸裂に、辺り一面は火の海と化した。
    抵抗むなしく倒れゆく、天空城の兵士達。そんな彼らをゆがんだ笑みを浮かべながら見下している一人の魔族がいた。
    「もろい。もろいですね。もう少し歯ごたえのある者はいないのでしょうか」
    「……くっ、ま、魔族めっ!」
    瀕死の重傷を負いながらも、果敢に攻める天空の兵士達。だが、
    「遅いですよっ!」
    魔族の放った邪気によって、彼らは吹き飛ばされた。邪気に冒された兵士達は、まるでミイラのようにしぼみ、皮だけのあわれな姿に変わっていった。
    「やれやれ、こうも脆弱とは思いませんでしたよ。雑魚ばかりではないですか」
    「油断するな、ゲマ」
    彼の前に背を向けている法衣の男が、ゲマを戒めた。
    「策略により、天空の騎士どもが天空城を離れていた、その隙を突いただけのこと。事を急がねば、やっかいなことになるぞ」
    ただでさえ、天空城の加護のせいで、彼ら魔族の力は半減しているのだ。兵士達だけなら彼ら少数の魔族達だけでもなんとかなるだろう。だが、聖なる武具を身に纏い、一騎当千の力を持った天空の騎士の存在は脅威だった。彼らの力は強大で、あの勇者と共にデスピサロを倒した選ばれし者達には及ばないものの、それに近い力と魔力を備えていると聞く。なるべくなら戦わずして目的を達成したい。そのために、このタイミングで奇襲をかけたのだ。
    「イブール様は用心深いですねぇ。まぁいいでしょう。とっとと、二つのオーブのもとへ向かうとしましょうか」





    一方、その頃。
    一人の天空人が、オーブの間へと急ぎ向かっていた。
    白髭を蓄えた老人だ。神がいない間、天空城の留守を取り仕切っていた大神官、それが彼だった。
    「急がなくては。二つのオーブを、破壊されてしまう前に」
    老人は老いた足腰に鞭を打ちながら、長い階段を駆け下りた。
    その先に、オーブの間はあった。
    二つの台座に、金と銀の、二つの宝玉が置かれている。それこそ、天空城の源、ゴールドオーブとシルバーオーブだった。
    大神官は一瞬ためらったが、二つのオーブを台座から取り外した。
    がくん、と天空城の一瞬傾いた気がした。
    「このオーブを持って逃げるか……いや」
    それは無理だろう。老いた自分の足ではすぐに魔族に追いつかれてしまう。
    ならば……


    大神官は、一度取り外したオーブを、再び台座に戻した。
    そして、オーブに向かって無心に祈りを捧げた。
    すると、オーブが光り出した。その光が部屋中に満ちた時、ある変化が訪れた。
    オーブは消え、そこにいたのは、二人の若い男女だった。
    「人化の法を用いておぬし達を人間の姿に変えたわけがわかるか?」
    「わかっています。大神官殿。この天空城に起こった災いのことも……」
    シルバーオーブはそういって頷いた。
    「やつらの狙いは、お前達じゃ。天空城の動力部たるお前達が破壊されてしまったら、二度と天空城は空に浮かぶことはできなくなる。それだけは、なんとしても避けなければならん!」
    「大神官殿……」
    「今からおぬしたちをわしの残った魔力を使って下界へ送る。おぬし達は身を隠し、再び天空城を浮上させる機会をうかがうのじゃ。頼んだぞ!」
    そう言い残し、大臣はリレミトの呪文を唱えた。
    人間と化したシルバーオーブとゴールドオーブは、リレミトの光に包まれて天空を後にした。
    それが、二人が見た大神官の最後だった。





    下界に降りたシルバーオーブとゴールドオーブだったが、魔物の追撃は止むことがなかった。
    二人の身体から放たれるオーブの聖なる力が、逆に魔族に自分たちの位置を伝えることになってしまっていたのだ。
    度重なる逃亡劇に、二人は疲れ切っていた。
    そんな時だ。かの大魔法使いブライに出会ったのは。


    行き倒れになっていた二人を救ったブライは、人目見てこの二人の若者が天空城の二つのオーブだと見抜いた。
    その上で、二人にとある術を施した。
    それは、彼らの身体から、聖なる力を封印するという術だった。
    さらに、万が一にもぼろが出ることを恐れて、二人は自らの記憶をも封印し、身なりも変えた。シルバーオーブは中年の学者。ゴールドオーブは、赤ん坊の姿となって、敵の目を欺くことにしたのだ。
    それが、プサンと、マナだった。




    「こうして、長い間、私達はオーブであることを忘れて、人間として過ごしてきたのです」
      それが、プサンの告白の全貌だった。
    「記憶は消したわけではない。封じ込めただけじゃ。深層心理の中で本人が望めば、記憶はいつでも戻ることになっていた」
    と、ブライ。
    「本当は思い出したくなかったのかもしれません。人間として暮らしてきた時間が、あまりにも長かったから」
    「プサンさん……」
    フローラにも、その気持ちはわかる気がした。
    「しかし、記憶が戻った以上はすることは一つです。天空城を、再び浮上させましょう」
    決意とともに、プサンは宣言した。
    「天空城さえ浮上させてしまえば、城から放たれる聖なるオーラにより、魔族達の魔力は半減するはずです。もっとも、神が不在の現在は、それが精一杯ですが」
    そう、忘れていたが、天空城の主にして、この世界の神、天空竜マスタードラゴンは行方不明なのだ。
    「プサンさん。マスタードラゴン様は、いつからお姿をお隠しになられているのですか」
    「それが、先の魔族との戦い。デスピサロとの戦いの後から、ちょくちょく行方をくらますようになっていて、ここ数年は全く……」
    「まったく、責任感のない神じゃのう。この世界のことはほったらかしか?」
    あきれた顔でブライ。
    「まさか、すでに魔族に」
    「いえ、それはないでしょう」
    と、セーラ。
    「マスタードラゴンを倒せる魔族など、いやしません。これは誇張ではなく、事実です」
    そうだ。そもそも、マスタードラゴンが天空の勇者を誕生させたのも、自分の力が強大すぎたがためだ。彼が本気で戦えば、下界にも相当の被害が及んでしまう。そのために自分のかわりに魔族と戦う勇者を創ったのであって、その気があれば、デスピサロくらいは赤子の手を捻るようにたやすく倒せるはずなのだ。
    「おそらく、マスタードラゴン様は何か、姿をお隠しになられるほどの理由があったのでしょう」
    「しかし、そのために地上が魔族に侵略されては……」
    そう呟いた時だ。
    突然、大きな爆発が天空城の一角から起こった。
    「なんじゃ!」
    「ま、禍々しいまでの邪気を感じます。今まで感じたことのないくらいの! まさか……!」
    「フィア!!」
    フローラは駆けだした。




    彼女の、母としての予感は当たっていた。
    天空城に入ったフィア達を突然襲ったのは、白い法衣に身を包んだ男だった。
    その男こそ、光の教団の教祖イブールに他ならなかった。
    「ほう、先ほどの攻撃をよくかわしたな。天空の血を引いているだけのことはある」
    「フィ、フィア……」
    マナはおびえた様子でフィアの背中に隠れる。
    そんな彼女をかばいながら、フィアはきっと目の前の男をにらみつけた。
    「あなた、魔族ね」
    「ふっ、私が誰かわからぬか。ならば教えてやろう。我が名はイブール。光の教団の創始者にして、この世界の新たなる神となる男だ」
    「イブール! 光の教団の! そんな男が、どうしてこんなところに」
    「天空城など浮上させられては、いささか厄介なのでな。かわいそうだが、おまえ達にはここで死んでもらう」
    「ひっ……」
    マナの顔色が真っ青に染まる。
    彼女にもわかるのだ。目の前の男の危険さが。
    「素直に殺されると思って?」
    そういうフィアだったが、内心では焦りを感じていた。
    やばい。まさかこんな大物が現れるとは思ってもみなかった。
    ひしひしと感じる殺気に、今にも圧倒されてしまいそうだ。
    自分一人で戦ったところで、到底勝ち目はない。
    母やブライ、セーラ、みんなの力がなければ、この敵には太刀打ちできない。
    「くっ! ままよ!」
    フィアはイブールめがけて飛びかかった。
    「ばかめ、自暴自棄になったかっ!」
    焦って飛び込んできたと思ったイブールは、彼女の心臓に狙いを定めて手刀を突きだそうとする。
    だが、一瞬早く、フィアの呪文が炸裂した。
    「レミーラ!!」
    彼女の手から、まばゆい光が放たれる。
    「ぐ、くうっ!」
    その光をまともに見たイブールは、たまらず目を瞑る。
    「くっ、お、おのれ。こざかしい真似を!」
    いまだ!
    相手の目がくらんでいるうちがチャンスだった。
    フィアはマナの手を引いて、イブールとは反対方向に走り出した。
    今は逃げるしかない。情けないが、自分一人ではどうあがいても勝ち目はないのだ。




    「ほっほっほ、一本取られましたかな。イブール様?」
    フィア達が逃げた後、いつの間に現れたのは、ゲマとアイメディスだった。
    「ぐっ、貴様ら、何しに来た」
    「いえ、久しぶりのイブール様の戦いを、見学させてもらおうかと思ったのですが、油断はいけませんなぁ」
    未だ目がくらんでまともに前が見えないイブールをいいことに、ゲマはあざけ笑う。
    「フィアは力はないが、頭はいい。あまりなめない方がいい」
    と、アイメディスはいう。
    「余計なお世話だ! あんな小娘、次にあった時は八つ裂きにしてくれる!」
    ようやく視力が戻ってきたイブールは、すさまじいスピードで後を追う。
    「やはり、イブールは光の教団の教祖の器に相応しくないようですな。普段は冷静を保っていても、一度虚を突かれるとあのような態度に出る。底が知れているわ」
    「うむ。あの者に、人の上に立つ器量はない」
    「そろそろ、見限りますかな?」
    「いや、まだだ。まだその時ではない」
    アイメディスはそう言い残し、リレミトの光とともに消えた。
    「かつての友とは会わずにいく、か。もはや完全に人の心は消えたと思いたいが……はてさて」





    フィア達は天空城の中枢へと逃げていった。
    本来なら、思わず感嘆のため息がつくくらいに美しい城内なのだが、今は大理石の像も美しい花々が咲き乱れる庭園も悠長に眺めている暇などいない。後ろから悪魔のような男が追いかけてきているのだ。
    「こんな時、せめて兄さんがいてくれれば……」
    「フィア……」
    フィアの顔には、焦りの色が見え隠れしていた。
    わかっているのだ。自分ではあいつには勝てない。このままでは、いずれ捕まり、なぶり殺しだ。
    「ごめんなさい、マナ。今の私には、逃げることしかできない。自分が情けないわ。兄さんのように力のない、自分が……!」
    「そんなこと……」
    「マナ。最悪の場合、あなただけでも」
    「だめよ! あきらめちゃ! 何かきっと方法はあるはずよ! なにか、きっと」
    そのとき、マナの脳裏に電流が走った。
    「……そうよ、天空城を浮上させるのよ! そうすれば、あのイブールの力も、半減するはず」
    「けど、その方法がわからないのよ」
    「わたしにはわかる。わかるのよ、フィア。どうしてかわからないけど……!」
    マナはそういうと、フィアの手を引いて今まで向かっていたのとは違う方向に走り出した。
    「ついてきて! こっちよ!」




    マナがフィアを連れてきたのは、天空城の中心、玉座の間だった。
    当然ながら、そこにはマスタードラゴンの姿はない。
    「フィア、どうしてここに?」
    「黙ってついてきて。たしか、ここに」
    マナは玉座の裏の床のタイルをはがした。
    そこには、なんと隠し階段が。
    「やっぱりあった」
    「マ、マナ……」
    「いこう」
    薄暗い階段を、二人は急いで駆け下りる。
    イブールはすぐそこまで迫ってきている。もし、この先が行き止まりだったら、まさに一巻の終わりだ。



    そこは、小さな小部屋だった。
    床の上から突き出た二つの土台以外は、なにもないというのに、神秘的な雰囲気がする、不思議な部屋だ。
    「ここだ。ついに、ここまできたんだ」
    マナはここがどこか、すでに気づいていた。
    自分にとっての故郷が、まさにここなのだ。
    「マナ、あなた、ここで何を」
    「鬼ごっこは終わりかね?」
    第三者の声に、二人ははっと後ろを振り向く。
    そこには、案の定イブールの姿があった。
    「そこを自分たちの死に場所に選んだか」
    「くっ!」
    フィアはマナを後ろにかばいながら、イブールと対峙する。
    「やめておくことだ。フィオリア・エルド・グランバニア。万が一にも勝機はないことは、おまえが一番わかっているだろうに」
    「くっ……」
    フィアにもわかっているのだ。だが、それでももう戦うしか方法はない。
    ……ごめんなさい。兄さん、フィアはここまでのようです。
    心の中で、先に逝くことを兄に詫びた。
    そのときだ。
    「そこまでです! イブール」
    それは、確かに母の声だった。
    いつの間に駆けつけたのか、はぐれていた母と仲間達がこの場に集結していた。
    「母さん、どうしてここに?」
    「プサンさんの案内のおかげよ。それに、こんな禍々しい邪気だものね」
    「フローラ、いや、先代勇者エルフォーシアとでも言うべきかな?」
    イブールはそういって、口元を不敵に歪めた。
    「いくら先代の勇者といえども、すでに力の大半を失った貴様だ。どうしようというのかね?」
    そういって、イブールは体中から全闘気を放出させる。
    凄まじいまでのプレッシャーだ。
    「確かに、今のままでは、万が一にも勝ち目はないかもしれない。ですが」
    そういったのは、プサンだった。彼はマナに目を向ける。
    ……わかっていますね、と。
    その瞬間、マナは覚醒した。そうだ。自分が何者か、やっとわかったのだ。
    そしてそれは、人間でいられる時間の終了を意味していた。
    「……まさか」
    イブールはハッとした。
    「そ、そうか。ここは……! オーブの間! まさか、おまえ達が」
    「ど、どういうこと」
    まだ事態を飲み込めていないフィアに対して、マナは言った。
    「フィア、短い間だけど、楽しかったわ。ロムお兄ちゃんにも、よろしくって伝えておいてね」
    「マナ? あなた、まさか……」
    儚げな笑みを浮かべるマナ。彼女はそっと、目を閉じ、祈るように両手を組んだ。
    「やらせんっ!」
    イブールがマナにつかみかかろうとした時、凄まじい光がマナの体から放たれた。
    光に包まれた彼女の体が、段々と縮小されていく。
    それは、やがて手のひらほどの一つの玉となった。
    金色に光る宝玉……ゴールドオーブに。
    (さぁ、いきますよ。今こそ、封印されていた時を元に戻すときです)
    いつの間に宝玉の姿に戻っていたプサンの声が、脳裏に響く。
    二つのオーブは、静かに元の場所である台座に収まった。
    その瞬間、突然城全体が揺れ出した。
    地震かと思うほどに、大きな揺れ。
    「こ、これは! 天空城が……」
    そう、それはただの揺れではない。
    長い間湖底に根付いていた天空城が、もがいている。故郷である天空に還るために。
    「くっ、まさか、恐れていたことがぁっ……」
    イブールの声には、確かに苦しみの色が見え隠れしていた。
    そして、天空城は、ゆっくりと浮上し、次の瞬間、凄まじいスピードで上昇し出した。
    湖畔を突き抜け、凄まじい衝撃と共に空へと舞い上がる。
    「ぐおおお、た、たまらんっ!」
    もだえ苦しんだあげくに、イブールは消えた。城の外へと逃げたのだ。
    「私たちも外に出てみましょう」
    フローラが提案し、ブライとセーラがうなずく。
    「……マナ」
    フィアは寂しそうな目でゴールドオーブを見つめた。
    だが、もうマナは何の言葉も返してはくれなかった……





    つづく




     
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