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2013.04.05 Friday

反竜伝記 完結編 第二部 第33話 邪悪なる覚醒

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    今回も難産でした…… 


     話は再びグランバニアへと戻る。


    「ラインハットへ送る援軍の件だが、どうにか出来そうです」
     グランバニア城の一角にある会議の場にて、国王リュカにそう発言したのは、王女フィアの家庭教師であり、今やグランバニア海軍の提督となった若き武将コウガ・リン提督だった。
    「ほう、訳を聞こうか」
    「まず、エンドール軍の工作によって破壊された我が軍の軍艦ですが、テルパドールやサラボナのルドマン氏のの援助もあり、急ピッチで修復しています。それに、こんなこともあろうかと、先代の提督が秘密裏に隠しておいた軍艦が十数隻あるのを発見しました。これを合わせると、二週間もすれば合計三〇隻が運用可能となります」
    「二週間、か。それまでにラインハットが持ちこたえてくれればいいが」
    「それと、ロム王子ですね」
     ロムとエリオスがグランバニアを経ち、単独でエンドールに侵入したことをコウガが知ったのは、グランバニアに帰ってきてからのことだった。
    「無事でいるといいのですが」
    「そうだな」
    「陛下は、知っていてロム王子を行かせたのですか」
    「あぁ、おかげで、この前から娘に一言も口を聞いてもらっていない。なんで一人でいかせたんだ、ってね」
     そういって、リュカは肩をすくめる。苦悩する父親が、そこにはいた。
    「あぁ、それはそれは……あの子は怒ると後を引きますからね」
     元家庭教師のコウガとしては、身に染みて分かることだった。
    「全く、誰に似たんだか。少なくとも、私ではないことだけは確かだな」
    「あら、では私に似たというんですか?」
     驚いた顔でフローラ。
    「あ、い、いやいや、そういうわけでは。あははは」
     そういって、リュカは乾いた笑みを浮かべた。
    「うふふふふ」
     フローラもころころと笑う。
    (そういえば、フィアに以前聞いたことがあるな。サラボナで暮らしていた頃、喧嘩の原因はいつも父親の方にあって、仲直りするのに大抵一週間はかかった、って)
     思い出して、コウガはやれやれと苦笑した。
    「そういえば、心配事といえばもう一つありますわ」
    「それは?」
    「えぇ、アイメルのことです。ロムがいなくなって以来、その……」
    「気落ちしているのか?」
    「いえ、それもあるのですが、なんだか」
     フローラは珍しく口ごもったので、リュカとコウガは目を見合わせて、頭に?マークを浮かべた。

     


     その夜。
    「う、うぅ……」
     ベッドの中で、アイメルは苦悶の表情を浮かべていた。
     ……いつまでそんなところにいるつもりだ?
     頭の中に、自分と同じもう一つの声が響く。


     ……そこはお前の本来いる場所ではない! お前の中に流れる血の宿命を思い出せ!


    「いやああっ!!?」
     悲鳴と共に、彼女は飛び起きた。
     はぁ、はぁ、と荒い息を吐く。
    「……また、あの声。いったい、なんなの?」
     しばらくして息を整え、一息つくとアイメルはベッドから立ち上がり、窓のカーテンを開いた。
     空には、大きな月が妖しくよどめいている。不気味なほど、真っ赤な月だ。
    「……ロム、あなたはいま、どうしているの?」
     今はここにいない青年に対して、問いかける。
    「……ロム」
     ぎゅっ、と膨らんだ胸元を抱くように握りしめる。
     彼がいなくなって以来、彼女の心は不安定に揺らめいていた。
     そんなとき、不意に扉を叩く音がして、アイメルは我に返った。
    「アイメル、だいじょうぶ、アイメル!?」
     隣で寝ていたフィアが彼女の悲鳴を聞いて驚いて飛んできたのだ。
     慌ててアイメルは扉を開いた。
    「すごい悲鳴が聞こえてきたけど、何かあったの?」
    「う、ううん。ただちょっと、悪い夢を見ていたから、それで」
    「本当に……?」
     フィアはまだどこか不安げだったが、アイメルの言葉を信じてその場を立ち去った。

     


     しかし、その日を境にアイメルの様子はさらに変になっていった。
     部屋に閉じこもることが多くなり、食事も喉を通らなくなっていった。
     さらには、夜もろくに寝ていないらしい。
     目もどこかうつろがちになり、いよいよ倒れるのではないか、とフィアもフローラも気が気ではなかった。

     

    「もうほんと、見ていられないわよ!」
     どん、と両手をテーブルについて、フィアは言った。
     ここは王の書斎。そこで書類と格闘しているリュカをよそに、彼の娘は一方的な相談事を持ちかけている最中だった。
    「ねぇ、父さん、どうにかできないの? あれじゃあ、アイメルがあんまりだわ」
    「フィア、父さんは慣れない書類仕事と格闘している最中なんだよ。そういう話は母さんにしてくれないかなぁ」
    「今までさんざん国王をさぼっていた罰よ、それは」
     フィアは容赦なく斬って捨てた。
    「それを言われるとぐうの音もでないな」
     とほほ、と肩を落とし、一端ペンを置いたリュカは愛すべき娘に顔を向けた。
    「ところで、なんでアイメルはそんなに元気がないんだ?」
    「呆れた。そんなの、ロムがいなくなったからに決まっているじゃない」
    「……なんでロムがいなくなったことと、そのことが関係しているんだ?」
    「父さん、よくそんなんで母さんと結婚できたわね」
     とは、さすがに口には出さずに、フィアはこの鈍感な父親に教えてあげた。
    「そんなの、アイメルがロムのことを好きだからに決まっているじゃない」
    「……?」
     リュカはしばらく呆然として、
    「なにぃっ!!?」
     と飛び上がる勢いで驚いた。
    「ずっと一緒にいてわからなかったの? アイメルがロムを見つめる目は、恋する乙女のもののそれじゃない」
    「そ、そうだったのか。父さん、少しも気づかなかったよ」
     そうかそうか、とリュカは何度も頷いた。
    「……で、対するロムのほうは、どうなんだ?」
    「そ、そんなの知らないわよ!」
     なぜかフィアは顔を真っ赤にして怒った。
    「確かに、愛する者と離ればなれになる気持ちは、身を引き裂かれる思いだろう。僕もそうだった」
    「それで、人生の先輩である父さんに、何かアイメルを元気にさせられる手はないか聞きに来たの。けど」
     ……この様子じゃ、素直に母さんに聞いた方が良かったかもね。
     と、ちょっと落胆したアイメルだった。
    「そうか。そうだな。僕も最近のアイメルの様子は気がかりだった。なるほど、恋の病とはよく言ったものだ。このままでは本当に病気になりかねない。ふぅむ」
     しばらくリュカは考え込んだ。
    「ようするに、だ。部屋に閉じこもってばかりいるから、気が滅入ってくるんだろう? そういう時は、無理にでも外に連れ出した方がいい」
    「なるほど。で、連れ出すって、どこに?」
    「そうだな」
     しばらくリュカは考え込み、やがて「そうだ」と指を鳴らした。
    「確かこの国には、王族専用の避暑地があるらしいな」
    「う、うん。ソフィリア海岸のことね」
    「あぁ、そこにアイメルを連れていってやるといい。もちろん、みんなでね」
    「え? い、いいの? 私が言っちゃなんだけど、今はそんな時じゃ……」
    「こんな時だからこそ、さ。今はやるべき事はすべてやって、後は成果がでるのを待つだけなんだ。そんな時に、気張っていても仕方ないだろう」
    「け、けど」
    「たまには親らしいこともさせてくれないか? フィア」
     そう言われると、フィアはなにも言えなくなってしまった。
    「わかった。アイメルに伝えてくる」
     照れて顔を赤くしたフィアは、それだけいって書斎を後にした。
     内心、彼女はうれしかった。それと同時に、今ここに兄がいないことを申し訳なく思った。

     


    翌日。
    リュカ達は慰安を兼ねて、目的地のソフィリア海岸へとやってきた。
    真っ白な砂浜に、コバルトブルーな海が、一行を出迎えていた。
    少し離れた高台には、三階立ての洋館が建っている。派手さはないが、落ち着きのある建物だ。
    「へぇ、こいつはなかなかいい別荘じゃありませんか」
     馬車から身を乗り出してそういったのは、ラウだった。「懐かしいな。パパス殿とここにきたのが、つい昔のようだ」
     馬車の手綱を握っているピエールが、感慨深げに目を細めた。
    「そうですなぁ」
     と、相槌を打ったのは、サンチョである。
     アイメルとリュカ一家以外で、この旅行に参加したのはこの三人だけである。あまり大勢で行っても、と他の皆は遠慮していかなかった。
    「ねぇねぇ、アイメル」
     フィアは隣の座席に座っているアイメルに話しかけた。
    「ここって、温泉も沸いているのよ。楽しみね」
    「うん。そうね」
     アイメルはそういって笑ったが、心ここにあらずであることは、誰の目にも明らかだった。

     

     

     ……ふふふふふ。
     一方その頃。
     別荘の上空に浮かぶ妖しげな人影があった。
     ……ようやく見つけたぞ。よもや、あいつらと行動を共にしていたとはな。
     その人影が見つめる先には、アイメルの姿が。他の者には目もくれていない。
     ……感じるぞ。負の波動がじょじょに大きくなってきているのを。もうすぐだ。覚醒の時は、近い。


     別荘についてからというもの、やはりというか、アイメルは自室に閉じこもってしまった。
     そんな彼女を見かねて、とうとうフィアは強硬手段に出た。
    「アイメルッ!」
     どんっ、と扉を蹴り破る勢いで開ける。
    「ど、どうしたの?」
     びっくりして、アイメルは椅子から飛び起きた。
    「どうしたの? じゃないわよ! 海まで来てこんなところで腐っているなんて!」
    「で、でも」
    「でもじゃありません! さぁ、とっとと着替えて海に行くわよ!」
    「き、着替えるって? 何に」
    「そんなの、決まってるでしょ!」
     そういってフィアは着替えを突き出す。ご丁寧に用意された二着の水着に、アイメルはきょとん、と目を丸くした。

     

     寄せる波の砂浜に、二人の美少女が降り立った。
    「とうちゃ〜く!」
     勢いよく砂の上にジャンプするフィア。
    「ま、まってよ、フィア!」
     その後をたどたどしくついてくるアイメル。
     言うまでも無く、二人は水着を着用していた。
     フィアのほうはかわいらしいワンピースタイプ。もう片方のアイメルはというと、大人びたビキニ風だ。
    「お、来たな、本日の主役が」
     そう言ったのは、すでにビーチパラソルをたててスタンバっていたラウだった。例によって彼も水着着用済みであり、上半身むき出しのナイスボディを惜しむこと無く披露している。
    「あれ? ラウ。他のみんなは」
    「あぁ、サンチョのじいさんは食事の支度。ピエールの旦那は仕事があるとかで書斎にこもってる」
    「父さんと母さんは?」
    「あの二人なら今温泉に入ってる」
    「二人で?」
    「野暮なこと聞くな。そんなことより、ほほぅ」
     ラウはにやにやしながら、二人のスタイルのほどを観察し始めた。
    「やはり、俺の睨んだ通り、アイメルは着やせするタイプだったか。それに比べると……」
    「わ、悪かったわね!」
     フィアはアイメルと比べてやや小ぶりのバストを腕で隠した。
    「あんまりエッチな目で見ると、フケイザイで首をちょんぎるわよ」
    「おぉ、こわっ。では、王女様。家来めはここで番をしておりますので、楽しんできてくださいな」
    「あれ? いかないの?」
    「いきたいのは、やまやまなんだが……あいたたた」
     思い出したかのように頭を押さえる。
    「なるほど」
     呆れた目でフィアは見る。
    「昨日のお酒が抜けてないってわけね。まったく」
    「ご名答。せっかくだから、俺はここで横にならせてもらうわ。じゃあ、おやすみ」
     言うが早いか、ラウはビーチパラソルの下で寝息を立て始めた。
    「あっきれた。ボディガードが聞いて呆れるわよ」
    「あ、あはははは……」
     どう言えばいいかわからず、アイメルはただただ苦笑した。


     

     それからというもの、フィアとアイメルは長く苦しい旅のことを吹き飛ばすくらいに遊んだ。
     最初は乗り気ではなかったアイメルも、段々と遊びに本気になりはじめ、最後にはフィア以上にはしゃいだ。
     二人はくたくたになるまで泳ぎ回った。

     

     あかね色に染まる夕日が、二人を優しく照らす。
     泳ぎ疲れたフィアとアイメルは波打ち際に座り込み、美しく沈む太陽を眺めていた。
    「はぁ〜、楽しかったね」
    「うん。こんなに遊んだのは、本当に久しぶり」
     アイメルも日頃の悩みが嘘のように晴れ渡る笑みを浮かべた。
    「……ありがとうね。フィア」
    「え?」
    「最近、元気のない私を励ましてくれていたんでしょう? いろいろと気を遣わせてしまって」
    「い、いいのよ。気にしないで。私達、友達でしょ?」
    「フィア……ありがとう」
     アイメルはもう一度心からお礼を言った。
    「ねぇ、やっぱり、兄さんのことかな」
     蒸し返すことと知りつつ、フィアはつい聞いてしまう。
     それに対し、アイメルは目を細めながら言う。
    「それもあるけど。でも」
    「ねぇ、いってよ、アイメル。私でよければ、力になりたいからさ!」
    「…………」
     身を乗り出して懇願するフィアに、アイメルはやがて決心をして口を開いた。
    「フィア。あなたは、こういう経験ってある? 自分の中に、もう一人の自分がいる。普段は決して表に出てこないのに、ある日突然目覚めて、今の私を支配しようとする……そんな、経験」
    「え?」
     予想外の言葉に、フィアは戸惑った。
    「あるわけないよね。けど、私にはあるの。自分の中に潜んでいる黒い部分が、最近どんどん大きくなっている気がする」
    「ア、アイメル」
     フィアは自分が飛んだ勘違いをしていた事に気づいた。
     アイメルが悩んでいたことは、可愛らしい恋慕を募らせていたことでは、決してなかったのだ。

     


    「リュカ国王、いったいどうされたのです?」
    「どうされたのです、とは心外だな、サンチョ」
     リュカは袖を捲りながら言った。
    「今日は私が腕を振るおうと思ってな」
    「と、とんでもない、そんなのは召使いの私の仕事ですよ。それに、お体にさわります。今回の旅行は、陛下の療養も兼ねているんですから」
    「なに、もう日常生活には支障はないくらいには回復したさ。それに、私の料理はサンチョ、お前にも負けていないぞ」
    「はぁ、しかし、一国の国王のすることでは」
    「ならこうしよう。ここにいる間は私はリュカではなく、元鎧戦士フェズリィだ。旅の傭兵が料理をしても、何の問題もあるまい?」
    「またそうやって屁理屈を……」
     サンチョはやれやれと呆れ目だ。
    「さぁて、ではまずは肉に塩胡椒を……」
     そういって、調味料に手を伸ばそうとした時だ。
     ぴた、と手が止まった。
    「……陛下?」
     サンチョがうろたえる。リュカの目は先ほどとは打って変わって厳しい目をしていた。
    「……この邪気には覚えがある。まさか」
    「ど、どうかなされたのですか」
    「サンチョ。お前はここでじっとしているんだ。決して外に出るんじゃないぞ!」
     そう言うなり、リュカは外を飛び出した。

     


     異変に気づいたのは、フェズリィだけではなかった。
     この場にいた戦士達は、一様に屋敷の外へと飛び出した。
     先ほどまで星が見えていたというのに、今の夜空は完全に曇天が覆ってしまっている。
    「母さん!」
     フィアとアイメルが、先に出ていたフローラに声を掛ける。
    「あなた達も気づいたの」
    「そりゃあ、こんだけ邪悪なオーラがみなぎっていればね」
     フィアは理力の杖を手に、周囲に気を配った。
     姿は見えない。だが、邪悪な気の持ち主がこの近くに潜んでいるのはわかった。
    「出てきなさい! どうせ光の教団の回し者でしょう!」
     フィアは姿を現さない敵に向かって叫んだ。
    『ならば、お望み通り見せて差し上げよう』
    「この声は……」
     はっ、とフローラは目を見開く。
     何もない空間が歪む。そこから、ゆらゆらと陽炎のように揺れるシルエットが現れた。
    『お久しぶりですね』
     影は、しゃがれた声で言った。
     フローラは、醜いものでも見るかのような、蔑んだ瞳をそれに向けて呟いた。
    「ゲマ……」

     

    「……おうおうおう! なんだってんだよ、てめぇは! ここは王族とその親族以外は立ち入り禁止だぞ!」
     ただ一人、ラウだけが事態を飲み込めず、場違いな啖呵を切った。
    「ラ、ラウ! あぶないわよ! あいつが誰だかわかってるの!?」
     フィアが慌てて止める。
    「誰って、見るからに魔族じゃないですか?」
    「あなたね! あいつはゲマよ! 私達一族にとって天敵なの!」
    『ふふふふ、また会えて嬉しいですよ。みなさん』
     ゲマはラウとフィアの一連のやり取りを無視した。
    「私はちっとも嬉しくないんだがな」
     その声は、明後日の方向から聞こえてきた。
    「あなた!」
     そこには、魔人の鎧に身を包んだリュカの姿があった。
    「と、とうさん。その姿は」
    「もしものために密かに持ち込んでおいたのさ」
     娘に向かって、小さくウィンクする。そして、再び視線をゲマに向けた。
    「しかしまぁ、これはこれは、ずいぶんとお懐かしいお方だ」
    『ずいぶんと、つれないお言葉ですね。リュカ。私とあなたの因縁、忘れたわけではないでしょう』
    「正直、ずっと忘れていたかったけどね」
     もはや、リュカにとってゲマなど何の感情すら沸かない。父の仇ではあるが、それは十年前にすでに取っている。そう、ここにいるゲマは、あの時のゲマではない。
    「それにしても、しばらく見ないうちに、情けない姿になったな。自慢の肉体を失って、魂だけが未練がましくこの世にしがみついているのか」
    「えっ?」
     フィアは驚いてゲマを見た。
    「じゃあ、こいつは」
    「あぁ。てっとりばやくいうと、悪霊さ。私が見たところ、大した力は残っていない」
    『う、うるさい! 私がこうなったのも、全ては貴様らと勇者のせいではないか!』
     先ほどまでの慇懃な態度が一転して、ゲマは感情を爆発させた。
    『お前達にわかるものか。肉体を失った私が、どれほどの屈辱を受けたのか。光の教団での地位は失墜し、イブールには見下され、完全に下っ端扱い! それもこれも、みんな、貴様ら一族のせいだ!』
     ゲマは邪悪なオーラをよりいっそう大きく膨らませた。
    『メラゾーマ!!』
     呪文を唱える。だが、
    「そうはさせるもんですか! ヒャダルコ!」
     フィアが同時に魔法を唱えて、メラゾーマの炎を冷気で相殺させる。
    『な、なに、メラゾーマを、たかがヒャダルコで……!?』
    「そんなメラゾーマなんて、アイメルのものと比べたらまるでろうそくの火だわ」
    『お、おのれ……はっ!』
     気がついた時には、すでに眼前にリュカが迫ってきていた。
     その手に持つは、グランバニアに代々伝わる亡き父の形見の剣。
    「魔人一刀流奥義、光波刃!」
     魔人斬りを極限にまで極めた会心の一撃が、ゲマの身体を引き裂いた。
    『ぐぎゃああああっ!』
     断末魔が轟く。
     不鮮明だったゲマの身体が、ゆらゆらと消えていく。
    「消えろ。今更貴様程度、斬ったところで何の感慨も沸かん」
     剣をそっと鞘に収めながら、リュカは呟いた。
    『ふ、ふふふ、ふふふふ……』
     だが、ゲマは不気味に笑っていた。
     今にも消えそうな身体で。
    『た、確かに、今の私など、お前達の足下にも及ばないだろう。だ、だが』
     ゲマはゆらゆらと、とある人物に向けて近づいていく。


    『やっと、見つけましたぞ。魔界の姫よ』


     その言葉を、ゲマはアイメルに向けて言った。
    「……魔界の、姫?」
    『姫? 姫、私をお忘れか? くっ、やはり、神によって偽りの人格を受け付けられていましたか。だが……』
     ゲマの目が、カッと光り輝く。
    「アイメル! ゲマから離れて!」
     フィアは叫ぶが、アイメルはすでに、ゲマの妖しい瞳に囚われてしまった。
    「わ、わたし、わたしは……」
    『お目覚めなさい! 魔界の姫よ! あなたの居場所は、ここではない!』
    「あ、あああ、あああああ!!」
     アイメルは空に向けて絶叫した。


     遠い、記憶が甦る。

     死したエルフの胎内に残された胎児。
     本来なら死んでいるはずの自分を救い、育てたのが、他でもない、ゲマだった。

     幼少時代。
     魔族の生き残りと人間から迫害されていた頃。

     少女時代。
     復讐の鬼となり、父に代わってこの世を支配せんと旗揚げし、世界を荒らし回った事。


     そして、最後の最後で神によって肉体を幼児化され、さらに記憶を封じ込まされ、千年もの間長い眠りについていた頃。

     ……そうだった。
     すべて、思い出した。


     ……思い出したぞ!!

     

     

     

     突如、空気が激しく振動する。
     ピリピリした雰囲気が収まった頃、ゆっくりと、アイメルはゲマの方を向いた。
    「……はは」
     開かれた口から、声が漏れる。
    「ははは、はははははははは!!」
     それは、普段のアイメルからは想像もできないほどの高笑いだった。
    「ア、アイメル……?」
     フィアが彼女に近寄ろうとする。だが、
    「フィア、ダメ!」
     フローラがとっさに、彼女の腕を取った。
    「かあさん?」
     振り向いたフィアに向かって、フローラはゆっくりと首を左右に振った。
     もう、手遅れだと。
     その証拠に、アイメルの背中から、どす黒い翼が生えてくる。そして、亜麻色の髪も、褪せた灰色に変化していた。
    『お、おぉ、アイメディス様、お会いしとうございましたぞ』
    「貴様、ゲマか。しばらく見ないうちに、哀れな姿になったものだ」
     アイメルは初めて見たかのような口ぶりで、ゲマを見た。
    『全て、勇者とその一族によるものです。う、うぅ』
     苦しむゲマに、アイメルはすっと手を向けた。
     そこから暗黒のオーラがゲマに向かって放たれた。
     真っ二つに引き裂かれたはずのゲマの身体が、元通りに繋がった。
    『お、おぉぉ……』
    「お前には、私の片腕となって働いてもらわなければならぬからな」
    『ありがたき幸せ』
    「アイメル!」
     フィアが叫ぶ。
     その声に反応して、彼女は振り向いた。
    「そんな、嘘でしょ! 嘘だと言ってよ!」
    「お前、確か、フィアと言ったな。アイメルの記憶に残っているぞ」
    「記憶って……」
    「残念だが、これが本来の私だ。アイメルは、神が私に無理矢理埋め込んだ仮の人格に過ぎぬ」
    「そんな、じゃあ、アイメルは、アイメルはどこ!」
    「仮初めの人格など、もう消えたわ」
     そういって、アイメルは嘲笑した。
    『アイメディス様。手始めに、こいつらを血祭りにあげましょう』
     ゲマが進言する。
    『こいつらは、勇者ロムほどではないにせよ、我々魔族にとって脅威となる存在。今のうちに消しておく方がよろしいかと』
    「もっともな意見だ」
     そういって、アイメルはゆっくりとフィアに近づいていく。
     邪悪な気を増大させながら。
    「フィア! 逃げなさい!」
     フローラはフィアを突き飛ばして躍り出た。
     その手には、メラゾーマの炎が渦巻いている。
    「かあさん、やめて!」
    「無駄なことを」
    「メラゾーマ!」
     フローラが放った巨大な火球、それをアイメルはなんと片手で受け止めた。
     そして明後日の方角へ弾き飛ばす。
     轟音……!
    「そ、そんな」
    「そのオーラ、なるほど、お前がエルフォーシアか」
    「……なぜ、その名を」
    「それは、私が先代の魔法の遺児だからだ……!」
     アイメルは手のひらから生じた光の球をフローラの腹部に直撃させた。
     たちまちフローラは吹っ飛び、地面に転がり落ちる。
    「……がはっ」
     口から、大量の血を吐いて。
    「かあさんっ!」
    「フローラ! くっ!」
     リュカは剣を片手に、背後からアイメル目がけて飛びかかった。
     そのまま羽交い締めにする。
    「アイメル、正気に戻れ! 私やフィアのことも、忘れてしまったのか!」
    「私は……正気だよ!」
     アイメルは拘束にも構わず、肘打ちをリュカの腹部に目がけて繰り出す。
     その威力は、魔人の鎧をたやすく貫き、リュカのあばら骨を粉砕した。
    「う、ぐっ」
     あまりの痛みに腕の力が弱まる。
     その隙にアイメルは抜け出すと、そのまま回し蹴りを放った。
     華奢な身体からは想像もつかないほどの強力な蹴りに、リュカはたちまち吹っ飛ばされる。
    「父さん!」
    「陛下! くそっ!」
     ラウがアイメルの前に立ち塞がる。
    「嬢ちゃん! 一体、どうしちまったんだ! あのゲマって奴に操られてしまったのかよっ!」
    「私は、正気だよ!」
     アイメルの目がカッと光ると、ラウの巨体が重力に逆らって空に飛び上がり、そして、地面に激突した。
    「ラウッ!」
    「邪魔をするなと言っている」
     そう吐き捨てるように言うと、再び、アイメルはフィアに向かって行く。
     じりじりと次第に距離をつめていく。
     アイメルの手のひらに、再びフローラを攻撃した光の球が。
    「お前はアイメルと仲が良かったらしいな。そのよしみで、せめて苦しまずにあの世に送ってやろう。なに、すぐに兄もすぐそちらにいくことになるのだ。悲しむことはない」
    「ふ、ふざけないで! 返してよ、アイメルを返せ!」
     フィアが目の前の敵に手のひらを突きつける。だが……
    (くっ、撃てない……!)
     フィアの表情がこわばる。
    「では、さらばだ」
     アイメルがトドメの一撃を放とうとした、その時だった。
     驚くべきことが怒った。突然、フィアの身体が忽然と消えたのだ。
    「い、今のは……」
     はっとして、アイメルはフローラを見た。
     それは彼女が苦痛に耐えながらも放ったバシルーラだった。
    「今のは転送呪文。どこへ送った?」
    「尋ねられても、教えないわ」
    「い……なるほど、勇者ロムの気を追ったな?」
    「……!」
     愕然とする。
    「貴様ら人間のしそうなことだ。まぁ、いい。どのみち、ロムの元へは赴こうとしていたところだ。探す手間が省けたというものだ」
    「一つだけ、教えて」
     もはや、アイメルではなく、アイメディスに向かって、フローラは尋ねた。
    「あなたは、ロムを、殺すの」
    『これはこれは、くだらない質問ですな』
    「ゲマは黙っておれ」
     アイメルは一喝する。
    「……もちろんだ。勇者は先祖代々からの宿敵だ」
    「言い方を変えるわ。あなたにロムを殺せるの?」
    「…………」
     その質問に、アイメルは結局答えなかった。
     かわりに放たれた邪悪な波動により、フローラの意識は完全に途絶えた。

     


     続く

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