<< 反竜伝記 第24話 とまどいの、再会……? | main | 反竜伝記 完結編 第26話 バーサス、リュカとフェズリィ >>
2010.03.22 Monday

反竜伝記 第25話 真実、そして混迷

0
    反竜伝記 第25話 真実、そして混迷 
     
    反竜伝記 第25話 真実、そして混迷


     天井が崩れる。
     誰もがそう思い、覚悟を決めた。
     だが、彼らを待っていたのは落盤ではなく、暖かい青い光だった。
     彼らの周囲にいつの間にか張り巡らされた球体の光は、次々と落下してくる瓦礫を弾き返している。
    「バリアか!?」
     はっとして、エリオスが叫ぶ。
    「じゃ、じゃが、こ、これには、魔力反応がない。こ、これは、いったい」
    「……! フェズリィさん!?」
     光の発生源に気づいたアイメルが、振り返って愕然とした。
     光の防御壁を展開していたのは、フェズリィだった。彼の鎧の胸部に埋め込まれている、青白い石がすさまじい光を発している。それは、初めて目にする光景だった。
     身体に力を込め、必死の形相で光のバリアを展開し続ける。だが、崩壊の勢いはすさまじく、次第にバリアは弱まっていく。
    「くっ、うおおおぉぉっ!」
     初めて聞くフェズリィの雄叫び。それと共に光がさらに膨張を始め、そして、弾け飛んだ。



     それはすさまじい威力だった。
     どれほどのものだったかは、周囲の遺跡のなれの果てが物語っている。
     今、彼らは地上にいた。青空の下に、五体満足で。
     フェズリィが放った光の波動は、遺跡そのものを吹き飛ばしていた。隕石が落ちた後のクレーターのような状態になっており、何も残っていない。バリアはすでに消え去っているが、その余波は空気中に帯電するという形で未だ残っており、青白いスパークが時折宙を走っては消えていた。
    「し、死ぬかと思ったぜ」
     さすがのラウも肝が潰れたらしく、その場にへたれこんでしまっている。
    「今のはいったい何じゃったんじゃ? 呪文の類ではない。なんと不可思議な現象じゃ。フェズリィ、おぬしは一体……」
     マーリンが訪ねた時、彼が見たのは、力なく地面に倒れ込むフェズリィの姿だった。
    「フェズリィさん!」
     アイメルが悲鳴に近い声を上げる。
    「だ、大丈夫だ」
     駆け寄る彼女を手で制して、フェズリィはなんとか起き上がる。しかし、足下はふらついており、吐く息は荒立たしい。正直なところ、立っているのがやっとという状態だった。
    「久々に、張り切りすぎたな」
    「だ、大丈夫なんですか?」
    「心配するな。ちょっと、奥の手を使ったまでのことさ」
     そういって苦笑するフェズリィを、ロムは確信に満ちた眼差しで見つめていた。正しくは、彼の胸に埋め込まれた、ひび割れた石を。
     ……そうだったのか。
     ロムは理解してしまった。天空の兜に蓄積されていた膨大な知識によって、あの石がどういう類のものなのかを。
     それは、もしかしたら知らないほうが幸せだったかもしれない、悲しい事実でもあった。
    「それよりも、気をつけろ」
     フェズリィは未だふらつく手つきで、槍を取る。
    「ここを爆破した連中が、まだいるはずだ」
    「くっ」
     ロムは舌打ちした。
     確かに感じる。これは、殺気だ。
     ハッと、ロムは東の方角を見た。そこには、木の影から今にも矢を射抜こうとしている黒ずくめの男の姿が。その矢先はアイメルに向けられていた。
    「アイメ……!」
     ロムの言葉が終わらないうちに、矢が放たれる。
     しまった! ロムは地を蹴った。
     だが、間に合わない……! 矢は次の瞬間、彼女の胸に深々と突き刺さる……はずだった。
     その時だ。信じられない出来事が起こった。放たれた矢がアイメルの胸に届く前に、燃え尽きたのだ。
     それが別の方角から放たれた火の玉……メラの呪文だとわかった時、今度は男の身体に火がつき、たちまち、彼は火だるまと化した。
    「ぐがぁっ」
     高熱の光で焼かれ、男はもだえ苦しみながら落下した。黒こげとなったスナイパーを、ロム達は唖然とした目で見つめる。
    「だ、だれが、いったい」
    「私だよ」
     ロムの疑問に、彼は空中から答えた。
     そこに浮いていたのは、長い黒髪と褐色の肌を持った、男と女だった。
    「あっ!」
     ロムは目を見開いて彼らを見た。そこにいたのは、この中では自分がもっともよく知る者達だったからだ。
    「ライオス、ディアナ!」



     ロムが歓喜の声でそう呼んだので、アイメルはびっくりして目を丸くした。
    「え? あの、ロムを育てたって人の?」
     アイメルがきょとんとしながら、ロムの袖を引っ張った。
    「そうだよ。やっぱり、生きていたんだ」
     ロムは、久方ぶりの笑顔で答え、地上に舞い降りてきた二人の魔人に飛び込んだ。
     未だに事態を飲み込めていないラウやマーリンは、アイメルと同じくぽかんとしていたが、やがて、彼が敵ではないということだけは理解したのか、とりあえず武器を納めた。
    「久しぶりだな、ロム」
    「ほんとう、しばらくみないうちに、逞しくなって」
     二人の表情も柔らかい。彼らも、ロムとの再会を心待ちにしていたのだ。
    「二人とも、今までどうしていたのさ」
     一入の感慨を終えたからか、ロムは不機嫌そうに二人に尋ねた。
    「すごく心配したんだよ?」
    「あぁ、語れば長くなるが」
     ライオスはなるべく手短に話して聞かせた。
     あの時、当時敵だったエリオス達の追撃を振り払ったはいいものの、ライオスとディアナは散り散りになってしまった。時間をかけてなんとか再会はできたが、そのせいでロム達の行方を捜すのに時間がかかってしまったのだ。
    「テルパドールでお前たちがグランバニアに向かったと聞いてな。すぐに飛んできたわけだ」
    「そうか。ライオスのルラストルは、僕と違って少人数での長距離転移が可能だから」
    「そういうことさ」
     そういって、ライオスは珍しく、茶目っ気にウィンクをしてみせる。
    「それにしても、エリオス皇子と一緒に行動を共にしているとはな」
     ライオスはエリオスに目を向けた。髪の毛の色は変えているが、一度は相まみえた者同士、すぐに本人だとわかったのだ。
    「ライオス殿、あの時のこと、本当にすまなかった。謝りたいと思っていたのだ……」
     エリオスは素直に頭を下げた。ライオスは気にしていない、と言いたげに首を左右に振る。テルパドールで、前もってエリオスがロムの仲間になったことを聞いていたので、ライオスは別段驚きはしなかった。
    「そ、そうだ!」
     思い出したかのように、ロムはハッとライオス達から身を離した。確か、自分たちを狙っていた殺意は、一つだけではなかった。
    「安心しろ、ロム。他の者は全て倒した。もう、邪気は感じないだろう?」
    「えっ、そ、そういえば、で、でも、誰が」
    「あっ!」
     今度は、アイメルが驚きの声を上げる番だった。
     信じられないものでも見たかのような、焦点の合わない目で明後日の方角を見つめる。
     なんだと思って、ロムも彼女の視線を追って、同じように愕然とした。
     そこにいたのは、剣を鞘に収めてこちらに微笑んでいる、白い鎧を着た騎士だった。前と比べてやつれた感じはするが、その暖かい微笑みは以前とまるで変わっていない。
    「お父さん!」
     アイメルはあふれ出ようとする涙を堪えることなく、父ピエールに駆け寄った。
    「ピ、ピエール!? ほ、本物か?」
    「見ればおわかりでしょう? マーリン、おっと」
     感極まって抱きついてくるアイメルの勢いにやや押されながらも、ピエールはしっかりと彼女を受け止める。
    「まるで夢でも見ているみたい」
     ぽかんと、惚けたような目でベスは言う。
    「死んだと思っていた人間が、三人も帰ってくるなんて」
    「私もあの時は死を覚悟したさ。だが、どうやら私はまだ死ぬには早すぎるらしくてね。浜辺に流れ着いていたところを、偶然通りかかったこの二人に助けられた、ということさ。回復するのに、時間はかかったが……」
    「それじゃ、またお父さんと一緒にいられるのね」
    「アイメル、涙を拭きなさい。感激の再会は後にしよう。今は、グランバニアへ急がねばならないのだろう?」
    「う、うん」
     アイメルは手の甲で涙を拭い、頷く。その時だ。
    「待って」
     ロムは一同に向けて言った。
    「……ロム?」
    「帰る前に、はっきりさせておかなきゃならないことがあるよ」
    「な、なんだよ、藪から棒に」
     ラウが聞く。
    「決まってるさ。グランバニアにいる父さんが、偽者だって断言する根拠だよ」
    「……!」
     その問いに、マーリンやエリオス達が愕然とする。だが、ライオス、ディアナ、そしてピエールだけが、冷静さを保っていた。まるで、彼がそれを言い出すのを待っていたかのように。
    「ど、どうして、偽者だと言い切れるのじゃ? わしらには……」
    「決まっているさ。なぜなら……」
     ロムは視線を、彼の方向に向けていった。
    「……本当の父さんは、ここにいるからさ」


    「な……!」
     マーリンは驚いて、フェズリィを見た。
     彼は、何も言わない。驚いたり、動揺する素振りも見せずに、じっとロムに目を向けている。
    「ロム、彼は」
    「わかってるよ。ライオス……」
     ロムは弁護しようとしたライオスに、理解を示して答えた。
    「僕にはわかったんだ。なぜ、そうしなければならなかったのか。そのわけも」
    「ロム……」
    「……けど、それは、できるなら、あなたの口から話して欲しい。僕は、あなたを恨んだりはしていないから」
     確かに、ロムの目は湖畔のように澄み切っていた。以前まで戸惑いに揺れていたのが、嘘のように。
    「……そうだな」
     フェズリィは頷くと、そっと、自分の鉄仮面に手をかけ、それを脱いだ。
    「……!!」
     その場にいた誰もが絶句した。
    「リュ、リュカじゃ、た、たしかに」
     マーリンはわなわなと身を震わせる。それ以上、言葉がでない。
     そう、今の彼も、グランバニアにいるあのリュカ同様、十年前と同じ若さを保っていた。だが、あの鮮やかな黒髪は見る影もなく白髪へと変わり、その顔もまるで血の通っていない死人のように白い。
    「驚くのも無理はない」
     フェズリィ、いや、リュカは自分の白髪を指でなぞりながら呟く。
    「この身体は、十年前から時間が止まっているのだ。仮死状態、とでもいったらいいかな?」
    「命の石の、代償だね」
    「命の石……まさか!」
    「そうだ。私の心臓は、十年前からすでに停止しているのだよ」
    「……!」
     アイメルはあまりの衝撃さに口を噤んだ。
     それがどういう意味を表すか、彼女にもわかったのだ。
    「……あの日、デモンズタワーが崩壊した時のことだ」
     フェズリィは、静かに語り出した。
     それは、話すのも、そして聞くのも辛い、悲しい事実だった。




     ロム達は本当の父親と運命的な再会をしているとは、露程も思っていないフィアは、
    「もう、どこにいっちゃったのよ、お兄ちゃんは」
     ほっぺを膨らませてプンプンしながら、城の中を歩いていた。両手には、焼き上がったばかりのクッキーが皿に盛られている。もちろん、フィアの手作りだ。
    「せっかく、仲直りにと思ってクッキー焼いてみたのに」
     そういって、つまらなそうにため息をつく。思えば、ここ最近は兄と会話するどころか、顔すら合わせていない。
     ……わたし、何をやっているんだろう。
     フィアは自分が間違っていることに気づいていた。兄の意見が正しいことを、本心ではわかっていたのだ。だけど、それに気づいた時には、すでに兄との距離は離れてしまっていた。やっと再会できた兄妹のはずなのに。
     ……このままじゃだめだ。ちゃんと、仲直りしなきゃ。
     そう思い立ったフィアであったが、城の中をくまなく探しても、兄はおろか、アイメルやフェズリィの姿さえ見つけることができなかった。



     彼女は一人、ひっそりと静まりかえった城の裏手でため息をつく。
    「ほんとにみんな、どこにいったんだろう。わたしに隠れて、何かやってるんじゃないかなぁ」
     そういって、つまらなそうに小石を蹴っ飛ばした時だった。
    「……なんだと」
     ふと、どこかで聞き覚えのある声が彼女の耳に、かすかに届いた。しかも、あまり景気のいい声色ではない。
     なんだろう?
     フィアは気になって、声のする方へと近寄る。城壁の角を曲がろうとして、とっさに身を隠した。
     そこで話し込んでいた二人のうちの一人は、確かに彼女が知っている人物だった。そう、リュカの腹心である、あのセヴィルという男だ。
     フィアはもともと、あの男のことはあまり好感を抱いていなかった。エンドール軍人というのを差し置いても、あの冷たく凍り付いたような目を見ると、なぜ父があそこまで彼を信頼しているのか疑問に思ってしまう。
    「それで、仕留め損ねたというのか」
    「……はっ。あと一歩のところでとんだ邪魔が入ってしまいまして」
    「言い訳はよい!」
     吐き捨てるように言うと、セヴィルは男に向かって呪文の炎を放った。
    「セ、セヴィルさま、な……ぜ……っ!?」
     男は愕然とした表情のまま、燃えさかる炎に包まれた。彼の身体はあっけなく炭と化し、腕が、足が、音を立てて崩れ落ちる。炎が燃え尽きた時、そこに残ったのは真っ白な灰だけだった。
    「ちっ、つかえん奴らめ……」
     セヴィルは非情にも、部下のなれの果てである灰を、乱暴に足で払った。
    「な、なんて、ことを……」
     フィアは今確信した。自分は見てはいけないものを見てしまったのだ。そしてフィアは今更ながら、現実に気づかされる。私は今まで、自分にとって都合のいい幻想を夢見ていたのだ。この国が普通ではないことなど、最初から気づいていたはずなのに。それに目を背けていた……
     早く、この場から離れなければ。
     そして、このことを父に知らせて……
     そこまで考えて、フィアははっとした。
     知らせて、どうするのだ?
     そんなことをすれば、返って自分の身を危うくするだけなのではないか。
     セヴィルと、あの『リュカ』が結託していないという証拠など、どこにもないのだから。
     その時初めて、フィアは今まで父と呼んでいた男に疑心を抱いた。優しいと思っていた父の微笑みが、今ではまるで悪魔の嘲笑のように思えてならない。
     はやく、ここから逃げなきゃ。はやく、お兄ちゃんのもとへ。
     震える足取りで、フィアは一歩、後退る。だが、
    「おやおや、盗み聞きとは、感心しませんね」
     愕然とした。目の前に、セヴィルの顔があった。
     馬鹿な! フィアはこの状況を疑った。瞬きするほどの間に、ここまで接近していたのか。人間の持つスピードではない。
    (ちっ、私としたことが。こんな小娘に気取られるとは)
     セヴィルは苛立ちを隠せずに、乱暴にフィアの襟元を掴み上げた。敵意むき出しの、血走った目で。
     フィアは悟った。これが、セヴィルの本性なのだ。
    「あ、あなたたちは……いったい何を企んでいるの」
     震える恐怖を押し殺して、フィアは言った。
    「企んでいるとは、人聞きの悪い。あなたも知っているでしょう。リュカ王の功績を。彼がいなければ、今頃この国がどうなっていたことか」
    「そ、それは、で、でも」
    「我々は、何も企んでなどいませんよ。むしろ、いろいろと策謀を図っているのは、あなたの兄上ではありませんかな」
    「なっ……!」
    「どうやら、兄上とそのお仲間はリュカ王の統治に不満を抱き、国家転覆を謀っているようです。そのために、密かに我が国の軍事力を手中に収めんと画策している節がある。王子とはいえ、クーデター、国家反逆罪は重罪。残念ながら、極刑は免れませんな」
     そこまで聞いて、フィアの明晰な頭脳は、ようやくセヴィルが用意したシナリオを見抜いた。
    「はじめから、そのつもりだったのね」
    「今更気付いたか。ふっ、天才といわれていても、所詮は小娘か」
     フィアは悔しさを覚えた。だが、反論できない。もっと早く気付いていれば、ここまで状況が悪化することもなかった。兄との関係だって、今ほどぎくしゃくはしていなかったはずなのに。
    「……私も、殺すの」
    「……ふっ」
     その問いに、セヴィルは答えなかった。かわりに指先を彼女の額に当てる。
    「……おまえには、兄とは違い、まだ利用価値がある。せいぜい、リュカ王の娘であることだな」
    「うっ……どういう……い……み…………」
     指先から感じる魔力の波動……それがラリホーのものだと気付く間もなく、フィアは昏睡の闇へと落ちていった。



     フィアがセヴィルの魔術で眠らされた、ちょうどその頃。ロム達はグランバニアへ帰還すべく、帰路を急いでいた。
     自分が甘かったことを、ロムは今更ながらに痛感していた。あのリュカ王は紛れもなく敵であり、グランバニアは敵地以外の何物でもない。一刻も早く、妹と母の身の安全を確認しなくては。
    「それにしても、大丈夫かしら。フェズ……いえ、リュカさんは」
     アイメルはあの場に残してきたフェズリィのことが気がかりな様子だった。その声に、ロムも先刻のライオスがいった言葉を思い出す。
    (この男はひとまず私に任せて、ロムは早くグランバニアへ戻るのだ。なに、私達なら、すぐにルラストルで追いつける。心配するな)
     その言葉を信じて、一行は今こうしてグランバニアへと向かっている。
    「しかし、解せぬな」
     ふと、エリオスがそんなことを呟いた。
    「どうしたの?」
    「フェズリィ殿が真のグランバニアの国王だった。だったら、今玉座に君臨しているあの男は何物なのだ?」
    「何物って、偽者じゃないの?」
     ロムの肩の上で、ベスが何の疑惑も持たない返事を返す。
    「忘れたのか? あの男は、ラーの鏡に何ら反応しなかったのだぞ」
    「あ、そういえばそうね。ってことは、あっちのリュカも本物ってわけ?」
    「本物が二人もいるわけがない。だが」
    「そんなこと、本人に直接問いただしていればいいだけのことだろ?」
     吐き捨てるようにラウが言う。
    「どちらにしろ、ロムやお姫さんを欺いていやがったんだ。どちらにしろ、ただじゃすまさねぇ!」
    「やれやれ、そうかっかするでない。こういう時こそ、冷静にならんか」
     そう言って窘めたのは、ラウにおぶさっている老魔法使いマーリンだった。さすがのベテラン魔術師も、グランバニアまでの距離を全力疾走できるだけのスタミナはない。
    「気になるのはフィアやフローラじゃ。無事じゃといいんじゃが」
    「……見えてきた!」
     マーリンの言葉を遮るように、ロムが叫ぶ。
     地平の先に見えてきたのは、うっそうと茂った森にそびえる堅剛な城だった。心境が変わった今、彼にはあの城が悪意に満ちた敵の牙城にしか見えなかった。
    「僕、先に行ってきます!」
    「ロ、ロム!?」
    「ここからなら、ルラストルでジャンプできますから」
     それだけ言い残すと、ロムは短く呪文を唱えた。すると、彼の身がまばゆい光に包まれる。
    「まってロム! 私も!」
     慌ててアイメルが彼の身体に抱きつく。
    「まて、ロム! アイメル!」
     エリオスが叫んだ時には、すでに光はその場から消え去り、二人ははるかグランバニア城に転移したあとだった。
    「まったく、冷静にならんかといったばかりじゃというのに……」
     はぁ、とマーリンはため息をついた。



     無事グランバニアの屋上に転移できたロムとアイメルは、まずはフィアとフローラの無事を確かめるべく、彼女たちの自室へと向かった。途中、やむを得ず一般兵士やメイド達と出くわすこともあったが、彼らにはまだロム達のことが伝わっていないらしく、普通に挨拶をしてきたり敬礼をしたりと、敵意は感じられなかった。だが、うかうかはしていられない。グランバニアの城内で自分の姿を見たことが城内に広まり、黒幕に知られるのも時間の問題だ。

     ロムとアイメルは母の部屋のドアを開けようとドアノブに手を伸ばしたが、先にドアが開いた。でてきたのは、やはり母だった。
    「ロム! もう、どこにいっていたの?」
     心配そうな顔をする母に、ロムは一言声をかけてから行けばよかったと、後悔の念を覚えた。
    「ごめん、母さん。でも、とんでもないことがわかったんだ」
    「……ともかく、中に入りなさい。誰かに聞かれたら困る話なんでしょう?」
    「う、うん。でも、母さんどうしてそれを」
    「あなたと同じよ。母さんの良く知っているグランバニアは、陰謀とは無縁の平和な国だったわ」
     フローラはそういうと、二人を部屋に招き入れ、ドアに鍵をかけた。そして、念のため窓のカーテンを締める。
    「それで、何があったのかしら」
     フローラはそう聞いてきたが、彼女の口調は、すでに自分たちの身に何が起きたか確信しているかのようだった。
    「驚かないでよ。実はフェズリィさんだけど、本当は……」
    「おとうさん、だったのでしょう?」
    「……え? ええっ、むぐ!?」
     ロムが派手に驚きの声を上げようとしたので、慌ててアイメルがその口を塞いだ。
    「ロム、声が大きいよ」
    「ご、ごめん……で、でも、いつから?」
    「うん、テルパドールで初めて会った時から、かな?」
     ふふ、とフローラはどことなくばつの悪そうに微笑む。
    「そんな、僕なんか、全然わからなかったのに」
    「夫婦の絆……それとも、女の勘かしら? どちらにしろ、母さんにはすぐにわかったわ。たとえ、全身を鎧で隠していてもね。それに……」
     フローラはくすっと笑いながら、
    「あのひと、昔から隠し事はヘタだったのよ」
    「……でも、どうしてですか? フローラ様は、今までそんな素振りは一度も」
    「う、ん。なんとなくね、あの人の考えていることがわかっていたから。あの胸の宝石、命の石なんでしょう?」
    「そこまで、わかっていたの」
     愕然とするロムに、フローラはあえて残酷な質問を投げかけた。
    「……あの人は」
     いいかけて、ためらいがちに逡巡する。だが、結局、フローラは続けた。
    「……あと、どのくらい持つって?」
     それを聞かれたロムは、すぐには答えず、顔を背けてから、かすれるような声で呟く。
    「……そう。やっぱり、そんなに時間はないのね」
     その時見せた母の顔は、やはり、ショックを隠しきれない様子だった。
    「それで、あの人はいまどこに?」
    「いまは、だいじょうぶ」
     ロムはフェズリィが無事なことを伝えてから、自分たちの身に何が起こったのかを、掻い摘んで母に話した。捕らわれていたオジロンとサンチョのこと、やはり裏で光の教団が暗躍していたこと。そして、フローラとフィアに危険が迫っていることを。
     すべてを聞き終えたフローラは、焦りからか、額に汗を浮かべていた。
    「ロム、実は、朝からフィアの姿が見えないのよ」
    「え!?」
     ロムはハンマーで頭を強く打たれたような衝撃を受けた。
    「私も、最近はあの子と会うのは気まずくて、距離を置いていたんだけど、このままじゃいけないと思って、あの子の部屋にいったの。でも、もぬけの殻で、どこを探してもみつからなくて……だめな母親ね。もし、あの子に危険が迫っていたら、私は」
    「フローラ様、今はとにかく、手分けしてフィアを探さないと」
    「……そうね」
    「その心配はないわ」
     突然、ドアの向こうから少女の声が響いてきた。
     それは、確かにフィアのものだった。
    「フィ、フィア!」
    「あら、お兄ちゃん。帰ってきていたのね」
     ロムは扉を開けてやろうと駆け寄ろうして、はっと止まった。フィアの様子がいつもと違う。
    「どこにいっていたのよ。心配したんだから」
     それは、ぞくっとするほど冷たい声だった。それは、血の通っていない、無機質な声……
    「けど、さっきおにいちゃんの後ろ姿をみつけておいかけてみたら、やっぱり、お母さんのところにいたのね。ふふふ……」
     ……まさか、自分ともあろうものが、逆に尾行されていることに気がつかなかった?
     空気が、張り詰めたものに変わる。
    「……フィア。ほんとうに、おまえか?」
    「なにをいっているの。お兄ちゃん。そんなことより、一緒にお父さんのところにいこうよ」
    「……フィア、いいか、よく聞くんだ。おとうさんは」
    「一緒に、謝ってあげるからさ。お兄ちゃんは、たった一人の兄妹だもんね」
     ……何を、いっているのだ?
    「わたし、悲しかったんだよ。お兄ちゃんが、いまのおとうさんのことを良く思っていないからって、あんなことを企んでいただなんて」
    「企んでいたって……」
    「全部、セヴィルさんから聞いたんだから。お兄ちゃんがグランバニアの軍事力を牛耳って、この国を乗っ取ろうとしているって。それもこれも、おとうさんを王座から引きずりおろすためなんでしょう?」
     ガチャガチャと、フィアがロックされているドアノブを動かす。
    「開けてよ。お兄ちゃん。セヴィルさんは、お兄ちゃんを国家反逆罪で処刑するっていってたけど、おとうさんに精一杯謝れば、きっと許してもらえるよ。だいじょうぶ。お父さんは優しいから、きっと、許してもらえるよ」
    「フィア……おまえ、いったい、何をされた?」
     ロムの声が、怒りと後悔で震える。
    「あのセヴィルとかいうやつに、何をされた? まさか」
    「開けてくれないなら……」
     フィアが呪詛を唱える。まずい!
    「みんな、伏せ……」
    「イオラ」
     次の瞬間、鼓膜が破れるかと思うほどの爆発と、まばゆい衝撃がロム達を襲った。
     彼女が放った爆裂呪文は、ドアどころか、壁そのものを木っ端微塵に破壊してしまっていた。立ちこめる煙の向こう側から、ゆっくりと、フィアがやってくる。
    「さぁ、一緒にいこう。おにいちゃん」
     ……その目には、明らかに光が宿っていなかった。
     




     続く
     




    コメント
    コメントする








     
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック
    Calendar
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031    
    << July 2018 >>
    web拍手
    お読み頂けたらぽちっとおして頂けると大変うれしいです。
    Twitter
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Recommend
     (JUGEMレビュー »)

    小説執筆には必須ともいえる日本語入力ソフト&ワードです。
    Recommend
    キングジム デジタルメモ ポメラ DM100 ブラック
    キングジム デジタルメモ ポメラ DM100 ブラック (JUGEMレビュー »)

    管理人も使っているシンプルメモ帳。小説執筆にも使えますぞ!
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM