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2010.03.22 Monday

反竜伝記 第24話 とまどいの、再会……?

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    反竜伝記 第24話 とまどいの、再会……? 
     
     反竜伝記 第24話 とまどいの、再会……?


     ロム自身、心構えはとっくにできていたつもりだった。
     だが、そんな防衛策などいとも簡単に打ち壊されてしまっていた。
     心の動揺が隠せない。
     なぜなら、目の前にいるこの男は、誰がどう見ても、父であるリューゼンリッターにしか思えなかったからだ。
     長身かつ屈強な身体と、気品を纏った凛々しい輪郭。そして、澄んだ黒曜石の瞳。
     このワインレッドの王のローブを身に纏った黒髪の若者を、リュカと呼ばずしてなんと呼ぶのか。
     誰もが声を出せなかった。そんな一行を見て、目の前のグランバニア王は首をかしげた。
    「どうしたんだい。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
    「えっと、あんたさん、本当にリュカ王で?」
     直接面識のないラウが訝しげに尋ねた。
    「こら、なんと無礼な!」
     顔を真っ赤にしたオークスが、大声でラウを叱りつけた。
    「こちらにおわすお方こそ、グランバニアの国王、リューゼンリッター・エルド・グランバニア様だ!」
    「クエェッ!」
     リュカの肩に乗っているホークブリザードも、翼を広げて威嚇する。。
    「すると、おぬしはもしかして、リュカに邪悪な心を抜き取ってもらった魔物たちか」
    「ん? その魔法使い……ひょっとして、リュカ王がよく話していたマーリン殿か?」
    「なんと」
     マーリンは驚いて、フローラを見つめた。彼女もとまどいの眼差しを浮かべていた。そして、助けを求めるかのように、フェズリィに目をやる。
     だが、彼の表情は鉄仮面に遮られて掴めなかった。少なくとも、自分たちのように動揺してはいない。まるでこうなることを予感していたかのように。
    「みんなが驚くのも無理はない」
     リュカは静かに言った。
    「とくにマーリンは、ラインハットの時みたいに、本当は魔物がリュカという人物に化けている、と考えているんじゃないかな」
    「察しがいいな。なら、話は早い」
     マーリンは道具袋から、ラーの鏡を取り出した。
    「……懐かしいな」
    「おまえさんになんらやましいところがないというならば、黙ってこの鏡に自分の姿を写すがいい」
    「わかった。好きにしてくれていい」
     リュカは大人しく了承した。
     マーリンは鏡の表面をリュカに向けたが、ラインハットで偽王妃の正体を見破った時とは違い、ラーの鏡は何の反応も起こさなかった。
     ロム達はすぐさま、鏡に映った者の姿を確認する。
     それは、紛れもなくリュカ王の姿だった。
    「おとうさん!」
     フィアが一番に、リュカに抱きついた。



     夜が明け、兵士達がようやくラリホーの呪文から解き放たれた頃。
     リュカ王は、大々的に国民に向けて発表した。
     亡命していたフィア王女とフローラ王妃、そして、ロミュラム王子の帰還を。
     彼らは歓喜の声で迎え入れられた。


    「フローラ様、ロミュラム様、フィオリア様。ご帰還、おめでとうございます。私はエンドール帝国の駐在武官兼宰相のセヴィル中将と申します。以後、お見知りおきを」
     正午に近い時間に謁見の間に呼び出されたロム達に待っていたのは、エンドール軍の制服を着た、青白の男の自己紹介だった。
     歳は三十代前半だろうか。珍しく眼鏡を掛けており、背丈はリュカと同じくらいだ。だが、痩せ型ながらも筋肉のついたリュカと比べると、この男が痩せた畑で育ったゴボウのように見える。目つきも鋭く、好感の持てる人物では決してなさそうだった。
    (なるほど。エンドールはグランバニアの自治を認めるかわりに、自国の高官を宰相にあてたか。腹黒い真似を)
     エリオスはシヴィルという男から言いようのないきな臭さを抱いていた。彼はグランバニアにいる合間は、偽名を使い、別人を演じていた。金髪も黒く染め、片目には眼帯を巻いている。ロムの旅の仲間で、さすらいの剣士という設定だ。いまのところ、シヴィルという男はこちらの正体には気づいていない様子だった。
    (それにしても、この男、見たことがないぞ。そもそもシヴィル中将など、聞いたこともない)
     エリオスはエンドール軍に所属する将官の顔と名前は、全て記憶していた。エンドールで中将の地位にある軍人は全部で十一人いるが、シヴィルという名はその中にはない。
    (さしずめ、エンドール帝国軍人の身分だけを借りた、光の教団の手先か。しかし、かつての仇敵を自らの懐においておかねばならないほど、リュカ王は追い詰められているというのか?)
     シヴィルの自己紹介を終えて、リュカは王座から降りて、彼らのもとへと君臨なされた。
    「まず、僕が今日に至るまでの軌跡を話さなければならないな。特にロムは、僕がどうして生きているのか、気になって仕方がないんじゃないのかな」
    「そ、それは」
     ロムは未だにこのリュカなる人物に対して、戸惑いを覚えていた。
     そんな兄を、訝しむような目でフィアは見る。彼女は昨夜から、すっかりこの男を本当の父として受け入れてしまっていた。
     母であるフローラも、表には出さないが、自分と同じ戸惑いを抱いているらしい。その証拠に、昨日はあのリュカと寝台を共にしなかった。
    「僕は確かに、あのデモンズタワーでメガザルを使い、一度は命を落としかけた。だが、そんな僕を救ってくれたのが、このシヴィルだった」
    「シヴィル……さんが」
    「はい。私は十年前は、まだエンドール帝国軍人ではなく、一介の旅の魔術師に過ぎませんでした。旅の途中、あの不気味な塔が突如として崩壊を起こし、気になって向かってみたところ、あのリュカ王が瀕死の重傷を負っているではありませんか。私は独自に研究した秘術を用いて、なんとか王を復活させたのです」
    「ほう。それは興味深い。して、その秘術とは」
    「マーリン殿も聞いたことがおありでしょう。死に瀕した者の魂を肉体に繋ぎ止める呪文を」
    「む、ザオラルか。おぬし、あの失われし呪文を使えるのか」
    「えぇ、とはいえ、ザオラルは万能の復活呪文ではありません。元々生命力に溢れており、死に瀕した際もかろうじて息を保っていたリュカ王だからこそ、この呪文が効いたのです。並の者なら、すでに手遅れだったことでしょう……」
    「そういう経緯で、僕は一命を取り留めた、というわけさ。だけど、自由に動けるまでに、かなりの時間がかかったよ。そして、残念なことに、肉体が完全に復活した時には、ロムやフィア、フローラは、すでにグランバニアを経った後だった……」
     そういって、リュカは深くため息をつく。
    「そうだったの。おとうさんも、苦労なされたのね」
     と、やや涙目になって、フィアは言った。
    「さぁ、今度は君たちの話を聞かせておくれ。君たちが、どんな十年を送ってきたのか」
    「はい」
     フィアが彼の期待に応えて話し始めた。その横で、ロムは昨日からフェズリィの姿が見えないことを、密かに気にしていた。



    「ロム?」
     リュカの声に、ロムははっとして、顔を上げた。
     つい、物思いにふけっていたらしい。
    「次はロムの番だぞ。僕としては、君がいったいどこで何をしていたのか、父親として気が気じゃなかったんだ。ぜひ、話をきかせてくれないか」
     ……父親、か。
     ロムは不愉快さを隠しながら、
    「……その前に、聞かせてください」
     あえて、父に向けて敬語で話しかけた。
    「あなたは、なぜこんなところにいるんです」
    「……?」
     リュカは質問の意味がよく汲めなかったようで、
    「すまない。どういう意味かな」
     と聞き返してきた。
    「僕の知っているあなたは、お世辞にも国王なんて柄じゃありませんでしたよ」
    「おにいちゃん、なんてことをいうの! お父さんに向かって」
    「フィアは黙ってなさい」
     強い口調でロムは言い放った。フィアは思わず息を呑んだ。今まで、兄が自分に対して厳しい声を上げることなどなかったのだ。
    「あなたは魔界に捕らわれている母を救うために、伝説の勇者を捜していたのではなかったのですか。そしてあなたは、かつての仇敵であり、おじいさん……先代王パパスの仇である光の教団に自ら組している。どうしてですか」
    「ロム。君のいいたいことはわかる。僕も、母のことを忘れたことはない。光の教団のことも、憎しみの感情が全くないといえば嘘になる。だが、今の僕、いや、私は、グランバニアの国王なのだ。個人の感情を優先しては、この国の民はどうなる?」
     リュカの目は、まっすぐロムに向かっていた。涼しげだが、芯の強い眼差し。それは確かに、父がかつて自分に注いでいたものだった。
    「ただでさえ、この国の立ち位置は微妙だ。今にもエンドール帝国から攻め込まれてもおかしくない状況下にある。私は国王として、この国の自治を維持していく責任がある」
     リュカの言葉は、正論だった。王として、当然の行いであった。
    「思えば、私の父パパスは、その点において、王として不適切だったかもしれない。私は父を肉親としては慕っているが、国王としては尊敬できない。悲しいことだけどね」
    「……」
    「ロム。おまえはいままで、よくがんばってきた。テルパドールでの活躍も、私の耳に届いている。父として誇りに思うが、グランバニア国王として命じる。今後、エンドール帝国、いや、光の教団と事を起こすことは禁じる」
    「えっ!」
     ロムは驚いた。それが、父の言葉とは思えなかった。
    「いま、なんとおっしゃったのです」
    「光の教団は、君一人の力で、いや、たかが一人の勇者で討ち滅ぼせるほど優しい相手ではない。敵に回すにはあまりにも、強大すぎる」
     リュカはフローラに目を向けながら言う。まるで、彼女にも言い聞かせるように。
    「たった一人の英雄が、大いなる悪を倒せる時代ではなくなったのだ。エンドール帝国の艦隊を見てみろ。いま、ラインハットを攻めているあの鋼鉄の艦隊を相手に、ロム。おまえ一人で全滅させられることが、はたしてできるのか」
    「それは……」
     無理だ。それはロムだってわかっていた。勇者の力は、あくまでも破邪の力。大軍を殲滅するための武力ではない。
    「わかったかい。時代は変わったんだ。個人で組織に立ち向かおうのは、おろかなことだ」
    「……」
    「私は今、外交によってラインハットに降伏を促している。なにも無条件というわけではない。エンドール皇帝は慈悲深いお方と聞く。きっと、ラインハットにも自治を認めてくれよう。制限はつくがね。だが、国が滅び、国土が蹂躙され、民が殺戮されるよりかは、ずっといい。ヘンリーもデールも、内心ではわかっているはずなんだ」
     リュカはそういって、どこか寂しげな眼差しで遠くを見つめた。
    (わからない。このひとは、紛れもなく父さんだ。だけど、僕の知っている父さんじゃない。くっ、なんだっていうんだ……)
     ロムの疑惑は、そして、迷いは、ますます深まっていった。


     ロムがリュカに対して、困惑を極めていたその時。マーリン達は王宮の一室を借り切って、グランバニア国王に対して意見を交わしていた。
    「わしは、本物じゃと思う。ラーの鏡が反応しなかったのが何よりの証拠だし、あの目は確かにリュカのものじゃ。それになりより、あやつにはわしらと共に過ごした記憶がある。モシャスで化けても、記憶まではコピーできん」
    「だけどよ、ロムのやつはまだ迷っているみたいだぜ?」
     そう言い返すのはラウだ。
    「お姫さんの方は、すっかり信頼しちまっているがな」
     フィアはすっかり、リュカに心を許し、彼に絶対の信頼を寄せていた。だがその反面、ロムとの間には、大きな溝ができてしまっていた。それまでの仲睦まじさが嘘のように余所余所しいものになっている。
    「ロムも気の毒に。すっかり妹を父親に取られちまった」
    「彼の、国王としての彼の行動は理解できるが」
     エリオスも判断しかねているようだった。ラウや彼はリュカと直接の面識はないから、真偽を疑いようもなかったが。
    「アイメルはどう見る?」
    「……私にもわかりません。けど、母や父から聞いていた通りの方……だと思います。優しくて、誠実そうで」
     口ではそういうアイメルも、あの人を完全に信用していいか迷っていた。というより、ロムの話を聞いて以来、自分もフェズリィが彼の本当の父親ではないのか、と思い始めていただけに、困惑の度合いは深い。
    「こんな時、かつての仲間がいてくれればのう」
     ふぅ、とマーリンはため息をついた。
     その時だ。
    「ピピン」
     それまで黙っていたフェズリィが、口を開いた。
    「え? なんです」
    「すまないが、君に頼みたいことがある。ここ十年間の公式処刑記録をあたってみてくれないか」
    「それって」
    「フェズリィ殿は、オジロン先代王とサンチョ殿の処刑を疑っておるのか?」
     と、マーリン。
    「私は、あの二人の生存を信じている」
    「フェズリィ殿?」
     その言い方に、マーリンは少々気にはなかったが、深く詮索しなかった。彼自身、オジロンやサンチョとは少なからず面識はあり、生死を確認するのにやぶさかではなかったからだ。
    「なにぶん機密書類ですし、かなりむずかしいと思われますが、やってみましょう。万が一にも、オジロン様が生きておられたなら、ドリス様も喜びますからね」
     ピピンは今、両親の墓参りにでかけているドリスのことを思いながら頷いた。



     ロムたちがグランバニアに来てから、かれこれ十日あまりが過ぎた。
     本来ならば喜ぶべきである、祖国への帰還だったが、リュカの妻や息子たちはそれぞれ違う温度でこの暮らしを送っていた。
     フィアがすっかりリュカの娘として彼にべったりなのに対して、ロムはできるだけ彼と距離を置くようにしている。初日に感じた彼に対する違和感が、どうしても薄れることができないでいるのだ。
     一方、フローラは表向きは彼の妻として、また、グランバニア王妃として振る舞っていた。だが、それでもやはり、寝室は別にしているようだ。
    (母さんも、まだ迷っているんじゃないのか?)
     ロムは母も自分と同じ迷いを抱いているのではないか、と薄々と感じていた。もっとも、父のことばかりを気にしてもいられない。
     もともと、グランバニアにやってきた本当の目的は、エンドールとの戦いで苦戦を強いられているラインハットを援護するに必要な艦船を得るためだ。そのためには、この国をエンドール帝国のしがらみから解き放ち、完全な形で自治権を獲得しなければならない。だが、いまのグランバニアの現状では、それらを行うのは絶望的だった。
     温厚なリュカ王も、ラインハットに軍を派遣するのには当然ながら反対した。彼の立場では無理からぬことだったが、ロムとて、はいそうですね、と引き下がるわけにもいかない。
     すでに十日も無駄な時間が過ぎた。奮戦しているラインハット軍のためにも、これ以上ここに留まるわけにはいかない。
     かくなるうえは、強攻策に出るもやむをえないとさえ、ロムは思い始めていた。たとえそれが、リュカやフィアとの不仲を決定的なものにすることになっても。


    「失礼するぜ」
     ロムが自室と呼ぶにはまだ親しみが沸かない部屋で憂鬱な考え事に浸っていた時、ノックもなしに大男が入ってきた。
    「ラウ」
    「よう。こんなところで腐っていたのかい?」
     ラウは巨体に似合わずこっそりと、まるで泥棒のような足取りですばやく中に忍び込むと、音を立てないようにドアを閉めた。
    「どうしたんだい?」
    「し、静かにしろ」
     ラウはロムの口元に人差し指を突きつけると、自らも声をひそめた。
    「大丈夫だよ。この時間は、この部屋に監視の目はない」
    「なんだ。やっぱりおまえも気づいていたか」
     肩すかしを食らったラウは、一転して遠慮なくベッドに腰を下ろす。
     そうなのだ。ロムがあのリュカを信頼できない理由のもうひとつが、これだった。
     この国に来てしばらくたってから、ロムは自分が見張られていることに気づいた。城下町に出かける際も、自室でくつろいでいる時も、彼は気配を殺して自分の周囲に張り込んでいる。かなりのやり手だ。幾多の戦いで戦士としての勘を磨いてきたロムでなければ気づくことはなかっただろう。
    「ラウのところにも?」
    「あぁ、最初に気づいたのはフェズリィの旦那だったがな」
    「フェズリィさんが?」
    「旦那がいうには、おれたちがよからぬことを企んでないか探っているんだろう、って」
    「やっぱり」
     ロムはついこの前、リュカと口論になったことを話した。
    「なるほど。それが原因でやっこさんにマークされたってわけか」
    「あの人が直接命令を下した、とは限らないけどね」
    「父親のことを、あの人呼ばわり、か」
    「あれは父さんじゃない」
     それは、ロムの口から自然と出た。
     そのことに、彼自身内心驚いていた。
    「お、本心が出たか」
     ラウはどこかうれしそうに言った。
    「俺も気づいていたよ。おまえさんがリュカ王と距離を置いていることにな。だが、どうしてそう思うんだ? 第三者の俺から見れば、あの人は表向きは、善良な国王……思った通りの人だと思うが」
    「そうだね。勘、かな」
    「勘って、おいおい、そんな曖昧な」
    「確かな証拠なんてないよ。でも、いいようのない違和感を感じるんだ。あれは父さんじゃない」
    「フィアのお姫さんは、べったりだぜ」
    「そのようだね」
     ロムは苦笑しながら肩を落とした。自分がリュカと距離を置いて以来、フィアの態度は以前と変わってしまった。なぜ、お父さんと仲良くできないの、と自分を責めるかのような視線を浴びせてくる。ロムは最近では、フィアともろくに言葉を交わしていなかった。
    「フィアだって、内心は気づいているはずなのさ。だけど、認めたくないんだよ。その気持ちはよくわかるけど、真実に目を背けちゃいけない。僕らはなすべきことをなさなければならないんだ」
    「……そうだな」
    「フェズリィさんは今、何をしているんだい?」
     ロムは気になっていたことを訪ねた。最近、彼とは顔を合わせていない。
    「おっと、そうだ。あやうく用件を忘れるところだった。ロム。フェズリィの旦那が、おまえに会いたいって言ってたぜ」
    「それでラウをよこしたの? 自分でくればいいのに」
    「あの姿じゃ、目立つからな。まったく、一度でいいからあの鎧を引っぺがしたくなる」
    「全くだね」
     ロムは頷いた。
     もし、あのリュカが偽者で、フェズリィが本当のリュカだとしたら、なぜ、自らの正体を隠しているのだろう。そうしなければならない理由でもあるのか。
     ……まただ。
     ロムは内心ため息をついた。また自分は、あの人に父親を重ねている。それどころか、最近はますます確信を深めていた。
     フィアや母さんは気づいていないのだろうか。彼のまとう雰囲気が、どれだけ懐かしいものか。確かに、あの頃の父さんの感じではないかもしれない。だが、人間、誰しも歳を取る。そして年輪を増すごとに、良くも悪くも人間性に深みを持ってくるものだ。
     それに比べて、あのリュカ王はどうだ。彼から感じるものは、昔のリュカだ。十年という時の流れを無視した、作り物の雰囲気にしか思えないのだ。




     その夜。ピピンの実家である宿屋に、フェズリィ、ベス、アイメル、マーリン、ピピン、ドリス、エリオス、そしてラウの姿があった。
    「そろそろ時間だぜ」
     ラウが時計に目をやる。
    「ロムと会うのも久しぶりね」
     ラウの肩に乗っているのはベスだった。彼がグランバニアの王子に戻ってしまってから、ベスはフェズリィのもとにいた。一国の王子が魔物を飼育するなどもってのほか、と、あのリュカの側近の大臣にきつく言われたからだ。それ以来、ベスは彼のことを「目つきと感じの悪いワル大臣」と嫌っている。
    「それにしても、ロム、無事にお城を抜け出せるかしら」
    「心配ないさ、アイメル」
     フェズリィが言う。
     時針が十二時を指した時、何もない空間に光が産まれた。そして、天空の兜を頭に填めたロムが現れる。
    「ほらな」
     と、フェズリィ。
    「ロムが空間を跳躍する呪文を使えるなんて、あの大臣なんかは思いもしないだろうな」
    「みんな、おまたせ」
     ロムは挨拶を終えてから、ふぅ、と息を吐いた。相変わらず、この呪文は魔力を多大に消費する。
    「久しぶりだな。ロム。どうだ。宮廷の生活は」
    「わかったことがひとつだけあるよ。僕はやっぱり一般庶民の気質の持ち主であって、グランバニアの王族の血は産まれた時に母さんのおなかの中に忘れてきてしまったみたいだ。自由に本を読むこともできないし、遠出にもいけない。きゅうくつでしょうがないよ」
    「ロムらしいなぁ」
     と、アイメルも微笑む。
    「それで、話って?」
    「あぁ。おまえを呼び出したのは、他でもない。というのもな。オジロン王とサンチョ……さんだが、どうも、処刑されたというのは嘘らしい」
    「……」
     ロムは黙って、フェズリィの話に耳を傾ける。
    「私が調べたところ、公式記録には確かにオジロン王とサンチョ殿が処刑されたことは記されていましたが、どうやらそれは、偽りの記録らしいんです」
     ピピンは詳しく話した。
     オジロン王と召使いのサンチョは、某月某日に公開処刑にされた、と記録にはある。だが、二人が死刑となった処刑場は、その三年前にすでに閉鎖されているのだ。他にも、でっちあげたとしか思えない箇所がいくつも見つかり、ピピンはそれらも述べて聞かせた。
    「なるほど。そこまでいくと、二人が処刑されたって事実は、かなり怪しいね。けど」
    「どうしました? ロム様」
     ピピンが首を傾げる。
    「どうして、本当に処刑しなかったのかな。あ、客観的な意味で、だよ」
    「おそらく、あのリュカ王の仏心だろうな」
     フェズリィが言った。
    「かつて世話になった恩人を、罪人として殺すというのは忍びなかったんだろうさ」
    「そう……だね」
     ロムは頷くまで数秒を要した。
    「かといって、完全に自由に身にしておいては、エンドール帝国にばれる危険性がある。だから、公式記録上だけでも死罪……ってことにしたんだろう。おそらく、二人はここに幽閉されているに違いない」
     フェズリィは卓上に地図を広げると、とあるポイントを指さした。
    「試練の洞窟? いや、違う。ここは……」
    「王家の墓さ。グランバニアの歴代の王が眠っている、霊廟だ」
    「そんなところがあったんだ」
    「あぁ、普段は誰も近寄らない聖域さ。罪人を隠すにはうってつけじゃないか。それに一週間に一度、食料と衣料品を持った兵士の一団が、この霊廟に入っていくのを見たという証言もある」
    「なるほどのう。これは怪しさプンプンじゃな」
     と、マーリン。
    「いってみる価値はありそうだな」
     エリオスの言葉に、誰もが頷いた。



     一方、その頃。
    「そうか。ロミュラム王子一行は王家の墓へと向かったか」
     密偵の報告に、男は薄ら笑いを浮かべながら、紅茶をすすった。
    「ふふ、馬鹿な男よ。泳がされているとも知らずに」
    「よろしいので」
    「かまわん。それより、あれの方はどうなっている」
    「はい。問題なく。安定しております。いまのところは。ですが、いずれ限界が」
    「よい。かわりなどいくらでも用意できる。もっとももうじき、その必要もなくなるがな」
     そういい、男は唇に薄ら笑いを浮かべた。



     グランバニアの片隅で密かに陰謀が進行していることも知らずに、ロム達は早馬を飛ばして、王家の墓へとたどり着いた。
     その外観は、霊廟というより、小規模の神殿と呼ぶに近い。そしてその入り口には、黒いローブをまとった怪しげな連中の姿があった。
    「あれはグランバニア兵士でも、エンドール軍人でもないな」
    「いったい、何者でしょうね」
     彼らの視界の外から、エリオスとラウが呟く。
    「わからん。だが、ますます胡散臭くなってきたな。この一件、想像以上に奥が深そうだ」
    「それにしても、警備は厳重じゃな。ひい、ふう、みい……五人もおるぞ」
     と、マーリン。
    「城に忍び込んだ時の手は使えませんしねぇ」
     ピピンの言うとおり、アイメルの力だけでは、あの場にいる見張り全員を眠らせるのは不可能だった。
    「こうなったら先にしかけるしかないんじゃない?」
     まどろっこしいのは嫌いだとばかりに、ドリスがせっかちな意見を言う。
    「ドリス、それはちょっと」
    「でも、こうしている間にも、お父様がどんな仕打ちを受けているかっ」
     その時だ。
    「ん? 誰だ」
     ドリスの声がやや大きかったのが原因か、見張りの一人がこちらに気づいた。
    「ドリス様!」
    「ちっ」
     ドリスは短く舌打ちすると、矢継ぎ早に剣を抜くと、ピピンの制止も振り切って飛び出した。
     一行もやむを得ないと判断し、彼女の加勢に加わる。
     黒ずくめの集団は、まるでアサシンのように身軽で手強かった。だが、総合的な戦力はロム達の方が明らかに上である。
     一人、また一人と倒され、ついには最後の一人がドリスの剣を受け、倒れた。
    「安心なさい。峰打ちよ」
     そういって、ドリスは男の胸ぐらを掴む。
    「さぁ、吐きなさい。あなたたちは何者? 誰の命令で動いているの」
     だが、男がその質問に答えることはなかった。男が自らの舌を噛み切ったからである。
     他の男達も同様に、立て続けに自害する。
    「ちっ、自ら口を塞いだか」
     ラウが男の亡骸を放り出す。
     その時だ。驚愕の出来事が起こった。
     男の屍が、突如泡となってかき消えたのだ。むろん、ほかの連中に同様に消えていく。
    「ロ、ロム、これって」
    「どうやら、人間じゃなかったみたいだね」
     青ざめるアイメルの肩を抱きながら、ロムは冷や汗を掻いた。やはり、この国も異常だ。かつてのラインハットやテルパドールと同じく、光の教団の息がかかっている証拠だ。
    「これは、早くした方がいい」
    「う、うん。そうだね」
     フェズリィに同意したロムは、霊廟内へと向かった。
     そこは霊厳な雰囲気とは逆に、魔物の巣窟であった。それも、死霊の騎士やエビルスピリッツ、リビングデッドといった、邪悪なアンデッドモンスター達が主立つ。しかも、霊廟内では特殊な結界が張られているのか、あらゆる呪文が効力を失う。
     呪文を使えないという厳しい状況下の中、なんとかこれらを撃破し先に進んでいくロム達だったが、グランバニアが光の教団に乗っ取られているという事実を、改めて思い知らされることとなった。





     ロム達は霊廟内の最深部に行き当たっていた。
     目の前には歴代王の棺が安置されている玄室へと続く扉が控えている。だが、当然ながら、そこは堅く施錠が施されていた。
    「どうする? 破壊するか?」
    「その必要はない」
     ラウにそういうと、フェズリィは錠前を少しいじる。すると、あっけなく施錠が外れた。
    「ヒュー、旦那。意外な特技をお持ちで」
    「……昔、ちょっとな」
     と、その時だ。
    「なんだね。騒々しい」
     扉の奥から、しゃがれた老人の声が響いた。
    「はて? 飯の時間には、まだ早いような気がしますが」
     今度は、違う男の声だ。しかも、二人とも明らかに聞き覚えのある声色だった。
    「ラウ」
    「がってん!」
     ラウは巨体を生かして、一人で重厚な扉を開いて見せた。
     そこには、貧相な身なりをした初老の男達の姿があった。
     痩せこけ、髪も髭も伸び放題で、まるで奴隷が着るような麻布の服を着ている。だが、どんなに変わり果てても、ドリスには、この二人がオジロンとサンチョだとわかった。
    「お父様!」
     ドリスがオジロンのもとへ走り寄る。
    「……こいつは参ったな。娘の声が聞こえるようになってしまった。いよいよわしにもお迎えが来たということか。丁度いい。ここは墓場だしな。空きの棺桶がないのがちとあれだが……」
    「なにいってんのよ、本物のドリスよ!」
    「な、なんと!」
     オジロンはかっと目を見開いて、ドリスの顔をまじまじと見た。
    「こ、こりゃどういうことじゃ? わ、わしは、夢を見ているというのか……! い、いや、夢でもよい。夢ならば覚めないでほしい」
    「オジロンさまずるい! わたしだって、ぼっちゃんやパパスさま、それにロムさまが出てくる夢がみたいですぞ!」
    「これは現実だよ」
     ロムは苦笑しながらも、彼らの縛られた手足を解いた。



     一通りの感激の再会を終えた頃、
    「そ、そうですか。わたしたちは、表向きは処刑されたことになっていたんですね」
     まだ嗚咽をしながら、サンチョは言った。
    「いや、それにしても、死んだと思っていたロムさまが生きていらっしゃったとは、このサンチョ、生き恥をさらしていた甲斐がありましたぞ。いや、ほんとうに、よかった、よかった」
    「この泣き虫め、いい加減泣きやまんか」
    「まぁまぁ」
     オジロンをなだめながら、ピピンは今グランバニアにいるリュカ王について訪ねた。
    「うむ。確かに、わしらをここに閉じこめたのは、リュカじゃ。わしは王として死ぬなら覚悟はできておると言ったのじゃがな……」
    「それで、二人はあのリュカ王を本物だと思いで?」
    「……うぅむ」
     その問いに、オジロンは自信がなさげに唸ったが、
    「サンチョめにはわかります。あの方は本当のぼっちゃんではありません!」
     と、一声をあげたのはサンチョだった。
    「それはまた、どうしてだ?」
     エリオスが訪ねる。
    「わかりますとも。わたしは、産まれた頃からぼっちゃんを育ててきたんですよ。たとえ姿形が似ていても、サンチョめにはわかります。あれは、ぼっちゃんではありません。身にまとっている空気が違います」
    「空気って……それじゃ、何の根拠もないと同じじゃねぇか」
     やれやれ、とラウが肩をすくめた。
    「話はそこまでだ。ここにいつまでも留まるのはまずい」
     フェズリィがいう。その時初めて、サンチョは彼の存在に気がつく。
    (えっ……パパス様?)
     自分でも驚いていた。なぜ、彼を人目みただけで、当時仕えていた主人のことを思い出したのか。
     だが、その疑問について考える暇はなかった。
     なぜなら、突然、激しい爆音が鳴り響いたからだ。
     それと同時に凄まじい地響きが襲う。
    「な、なんじゃなんじゃ!」
    「ちっ、遅かったか」
     フェズリィが舌打ちする。
     異変はそれだけに止まらない。天井には無数のヒビが入り、今にも瓦礫が降ってきそうな勢いだ。
    「この匂いは火薬だ」
     フェズリィはオジロンとサンチョを両手で覆い隠すように庇いながら言う。
    「こいつは、ちっとばっかしまずいことになったのう」
    「のんきなこと言ってないで、脱出しなきゃっ」
     ドリスはそう叫んだが、皮肉にも声を発したと同時に、落盤によってたった一つの出入り口が瓦礫で塞がれてしまった。
    「嘘っ!?」
    「こいつは、ひょっとしたら、全て計算尽でのことやもしれぬな」
     と、オジロン。
    「わしらは、いわば餌だったんじゃよ。おぬしらをおびき寄せるな」
    「なるほど、伝説の勇者は勝手な行動を起こして、不慮な事故死を遂げる……はめたれたってわけね。確かに、王子であるロムをグランバニアで処刑するわけにはいかんし、こういう形で謀殺するのが一番ベストってことかよ」
     ラウが舌打ちする。
    「関心しておる場合ではない。みな、わしに掴まれ。リレミトと使うぞい」
     マーリンが言ったが、オジロンはゆっくりと首を左右に振った。
    「無駄じゃよ。この霊廟にはあらゆる呪文を無効化する結界が張られておるのを忘れたか」
     オジロンはすでに観念したかのように落ち着いていた。
    「すまぬのぅ。ロムや。あわれな叔父を許しておくれ」
    「おじさん……」
     ロムは悔しさに唇を噛み締めた。この状況下では、ルラストルも使えないだろう。もっとも、自分一人抜け出すという選択肢は、彼の中にはなかったが。
     こんなところで死んでしまうのか。自分は……
     揺れはますます激しさを増す。もはや、これ以上は部屋が持ちそうにない。
    「ロム……」
     恐怖からか、アイメルが彼の手を強く握る。
     もう、ロムには彼女の手を握り返してやることしかできなかった。
     そして、ついに天井が、崩れる。
     もうだめだ、とロムは歯を食いしばる。
     その時だ。
    「安心しろ」
     力強い声が響く。
    「もう二度と、お前を……」
     そういって、彼は両腕を左右に広げ、叫んだ。
    「……殺させはしない!」



     続く


     

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