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2010.03.22 Monday

反竜伝記 第三部 最終話 ……そして、最後の勇者伝説が始まる

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     反竜伝記 第三部 最終話 ……そして、最後の勇者伝説が始まる
     
     反竜伝記 最終話 『……そして、最後の勇者伝説が始まる』



     変わり果てた王の間にて、オジロンの話を聞き終えたリュカは、何一つ、言葉を発しようとはしなかった。
     口元を一文字に引き締め、じっと、にらみ付けるように遠くを見つめている。
    「……フローラは……」
     マーリンが、言いずらそうに呟く。だが、
    「そこから先はいわなくていい」
     リュカは、静かに首を横に振った。
    「リュカ。しかし……」
    「ピエール」
    「はい」
    「君は、デモンズタワーへと行った経験があるな」
    「……えぇ」
     ピエールは頷く。
    「私はあそこで、ゲマにスライムナイトの呪いを受けたのですから」
    「なら大丈夫そうだ。僕のルーラなら、君の記憶を辿ることで、目的地へ飛ぶこともできる」
    「ルーラ? 覚えたのですか?」
    「あぁ。呪文書に書いてあったよ」
    「しかし、ルラムーン草は……」
    「ルラムーン草は、本来ルーラという呪文を完成させるにあたっては、必ずしも必要な薬草ではなかったんだ。正しいやり方と契約の仕方さえあれば、ルーラはマジックアイテムなしでも覚えることは可能……そう、ミネアの書には書いてあったよ。たぶん、ルラフェンのヨーゼフ氏が手に入れた呪文書は、契約の仕方の一部が記載されていなかったんだろうね」
    「……マーリン、本当なのですか」
    「うむ。わしも、あやつから聞かされていたからのう。間違いない」
    「さて、オジロン王。僕たちは、デモンズタワーへと向かいます」
     リュカは、オジロンへ向かって言った。
    「……行くな、といっても、きかぬのだろうな」
    「えぇ」
    「ふっ、まるで、あのときの兄上を思い出すよ」
     なつかしげに、オジロンは目尻に皺を寄せた。
    「あのときも、パパス兄はさらわれたマーサさまをすくいだすために、デモンズタワーへとおもむいた。リュカよ、おまえは必ず、帰ってくるのだぞ。そのときこそ、グランバニアの王位をお前に……な」
    「ええ」
     リュカは、固く頷いた。
    「おじさま」
     ドリスが、遠慮がちに彼の元へ来る。
    「ドリス……」
    「わたしは、本当はおじさまについていきたい。でも、それは、止められたから。だから……」
    「わかっているよ」
     リュカは、ドリスの肩を、そして、その隣で無念に俯いているピピンの頭に手を乗せた。
    「ピピン。ピエトロさんのことは、残念だった」
    「リュカ様。ぼくは、ほんとうは、ぼくの手で、仇を討ちたい。けど、ぼくのちからじゃ、どうしようもないから、だから」
    「あぁ、わかってる」
     リュカは、ピピンの髪の毛を多少乱暴に、だが、気持ちを込めてかき回した。
    「ピエトロさんの仇は、僕が討つ」
    「ですが、リュカ。あなた、剣が……」
    「そのことなら、心配はいらない」
     ぬっ、とその場に突如として現れたのは、ライオネックの姿をしたライオスだった。
    「だ、だんなっ!」
     一番驚いたのは、メッキーだった。彼はあわてて自分の口元を押さえる。
    「なにやつっ!」
     ピエールとマーリンが、リュカの前にでて、武器を構える。
    「リュカ! この方は敵じゃねぇ! オレたちの味方だ!」
     メッキーがリュカとライオスの間に割って入った。
    「オレ、この五年間、リュカ、あんたには悪いと思いながらも、あんたたちの情報をこの旦那に流していたんだ。けど、悪意があったわけじゃねぇ。オレ、オレ……」
    「わかっているよ。メッキー」
     リュカは、優しく笑った。
    「君はスパイなどやってはいない。そして、ライオス……あなたも、その澄んだ目をみればわかる。善か、悪かの区別もね」
    「……さすがは、マーサ様の子だ」
    「かあさんを、知っているのか」
    「……私は、あの方の頼みで、ひそかにお前達を見守っていたのだ。そして、ゲマ達の目を、お前から遠ざけるために、いろんな手を打った。だが、それももう意味をなさなくなった……」
    「ライオスさん、のんきに話している場合じゃないでしょ!」
     彼の背中からひょっこり現れたのは、鍛冶師の娘であるリアだった。
    「リア! どうして、きみが? それに、ライオスさんって」
    「えへへ、むかしね、いろいろあって、ライオスさんとは顔見知りなのよ。それよりも、はい、これ」
     リアは誇らしげにリュカの前まで来ると、彼に一本の剣を取り出した。
     それは、見事なまでに修復されたパパスの剣……パルバレードに他ならなかった。
    「す、すごい……あんなに傷ついていた刃が……」
     リュカは澄んだ刃に、目を見張った。
    「さすがは、ラーディッシュどの。この短期間で、ここまで見事に修復するとは」
    「おかげで、おじいちゃん、ぎっくり腰になっちゃってさ。はりきりすぎたんだね」
     リアは苦笑いを浮かべながら、鼻を指でさすった。
    「ありがとう。リアちゃん。ラーディッシュさん」
     リュカは、ぼろぼろになった剣を、リアに渡した。
    「それから、ごめんね。剣、ぼろぼろにしちゃって」
    「ううん。いいの。わたしの腕じゃ、しょうがないもの」
     リアは素直に剣を受け取ってくれた。
    「けど、約束するわ。何年かたったらおじいちゃんを超える立派な鍛冶師になって、きっと、あの約束をかなえてみせるから」
    「……あぁ、期待しているよ」
     リュカは、差し出された手をがっちりと握った。
    「……リュカ。行きましょうか」
     ピエールが、静かに言う。
     リュカは頷くと、父の剣を腰に帯びた。
     そして、彼はピエールとマーリンに手をさしのべる。二人とも、ためらうことなく手を繋いだ。
    「ライオス……だったね」
    「……いいのか」
     ライオスは聞き返す。リュカは、もちろん、といいたげに頷いて見せた。
     新たに仲間になった者が自分の肩に手をのせたのを確認すると、リュカは短く呪文を唱えた。
     すると、彼らの身体がふわり、と宙に浮き、テラスの入り口から空へ向けて飛び上がった。
    「かえって、くるよね? おじさま」
     テラスに走り寄ったドリスは、遠くへ行ってしまったリュカ達を、心配そうに見つめていた。


     リュカ達は瞬間的にデモンズタワーの正面に到達した。
     悪魔そのもののような、禍々しい形状と悪しきオーラを放つ塔が、目の前にそびえ立つ。
    「ここが……デモンズタワー、なのか」
    「そうだ」
     ライオスが同意する。彼の左腕はすでに完治とはいかないまでも骨は繋いでおり、槍を両手で持つには十分だった。
    「また、ここにくることになろうとは」
     ピエールは、恨めしそうに塔を見上げる。
    「……リュカ。この塔はいたるところに罠がしかけられています。ご用心を」
    「うん」
    「さて、ぼさっとしてはいられぬぞ」
    「わかっている。マーリン。ゆこう」
     リュカ達は武器を構え、一斉に駆けだした。
     長い階段を駆け上がり、塔内部へと進入する。
    「グギャアアアアァッ!」
     それを見計らったかのように、空からガーゴイル達が舞い降りた。
     リュカは、彼の袈裟斬りを身をすくめてかわし、返す刃で迎え撃った。
     ガーゴイルはまっぷたつに引き裂かれ、絶命する。
    「……すごい。以前よりも切れ味が増しているようだ」
    「感心している暇はない! いっきに駆け上れ!」
     ライオスは短く呪文を唱えると、バギクロスを唱えた。
     多少手加減したとはいえ、巨大な真空の竜巻がフロア内に出現し、わきあがった魔物達を一掃する。
    「魔物は、次から次へとわいて出てくる。まともに相手をしたらきりがない。狙うは、大将の首のみ!」
    「わかったっ!」
     ライオスが切り開いた道を、リュカ達は全速力で走った。
     螺旋状の階段を駆け上り、なおも襲い来る魔物達を切り伏せ、蹴り落としながら、彼らは最上階を目指す。
     道中、さまざまなトラップがリュカ達を襲った。
     床から飛び出す杭や、炎を吐く竜の像。爆弾岩だらけのフロア……だが、そのすべてを、リュカ達は乗り越えていった。
    「経験者がいると、心強いのう」
     と、マーリンがピエールを褒め称える。
     彼らは屋外へと出た。
     外階段を上ると、開かれた空中庭園のような空間に、一体のオークが絶命していた。
     オークはここで誰かを迎え撃ったのだろう。だが、槍はへし折れ、その遺体はまるで雷に打たれたかのように焼けこげている。
    「これは……」
    「どうやら、戦わずにすんだ。ということか」
     ライオスがあごに手を当てて言う。
    「とすると、この先の番人をしていたキメーラも、倒されている可能性が高い……か。ならば」
     ライオスは、ピエールとマーリンに目を向けた。
    「二人とも、いったん、私についてきてほしい」
    「どういう、ことだ」
     ピエールは、まだ完全にこのライオネックを信頼したわけではなかった。いぶかしげに、彼をみる。
    「このデモンズタワーには、魔物を次から次へと生み出す魔の炉がある。その炉を破壊しない限り、グランバニアはいつまでたっても、魔物の驚異におびえることになる」
    「ライオス。魔族たちは、この塔でなにをしようとしているんだ」
     リュカがついに聞く。
    「いけにえの窯を作っているのさ」
    「いけにえの……窯? なんだ、それは」
    「……聞いたことが、あるぞ」
     マーリンが、深刻な表情を浮かべながら呟く。
    「人間の魂を、邪神に献上するための窯じゃ。生きた人間をその窯に放り投げると、肉体は消え、魂は邪神と同化する」
    「光の教団の奴らは、邪神エスタークを蘇らせようとしているのだ。そのために、いけにえの窯をここで作っている」
    「なっ……!」
     リュカとピエールは愕然とした。
    「いけにえの窯を作るには、ここ、デモンズタワーの魔の炉が必要となる。わき出る魔物達は、窯の作成の時に生じた副産物にすぎん」
    「そんなものを作って、いったい、どんな風に……あっ!」
     リュカははっと息をのんだ。
    「わかっただろう。そうだ。たったいまも、大神殿で過酷な強制労働につかされている奴隷達だ。神殿が完成すれば解放するとはいっているが、真相は……」
    「用のなくなった人たちを、いけにえにしようというのか。許せない!」
     リュカは怒りに歯を食いしばる。
    「だから、魔の炉だけは破壊しなくてはならん。だが、私一人だけでは……だから、お二人にお願いしたい」
    「そういうことなら、仕方ありませんね。マーリン」
    「うむ。そうじゃな」
     ピエールとマーリンは、共に頷いた。
    「なら、僕はゲマを追う。やつとは、決着をつけなければならない」
    「わかっている。死ぬなよ。リューゼンリッター」
    「そのつもり、さ」
     リュカとライオスはたがいに見つめ合うと、どちらからでもなく、同時に握手を交わした。


    「グエエエエェェッ!!?」
     空から襲いかかるキメーラを、フローラ……いや、エルフォーシアはベギラマの呪文で迎撃する。
     天空の剣と盾に、再び身をつつんだ彼女にとって、強化されたキメラも、オークも、大した敵ではなかった。
    「はぁ、はぁ……」
     だが、それでも、彼女の消費は著しく激しい。
    (やっぱり……今の私では、これが限界だというの)
     天空の剣が、盾が、ひどく重く感じる。千年前の時は、あんなに軽く振るえたというのに。
    (この子たちも、みとめていないんだ。もう、わたしを勇者だとは)
     それはそれで寂しい思いはしたが、彼女は惜しいとは思わなかった。
     もともと、勇者などにはなりたくなかったし、再び勇者として覚醒などしたくはなかった。何もしらず、リュカの妻でいられればそれでよかったというのに。
     エルフォーシアは上を見上げ、階段を駆け上った。
     カン、カン、カン……ッ!
     鉄製の階段を上りきると、そこは、塔の最上階……ふきぬけの庭園だった。
     そこで待っていたのは、馬の頭をした魔獣と、ソルジャーブルから進化したどう猛な魔界の剣士だった。そして、それらを両脇に従える者こそ、ゲマに他ならなかった。
    「ゲマッ!」
     フローラが叫ぶ。
    「ほう。天空の剣と盾……懐かしいですね。やっとおでましですか。エルフォーシア」
    「子供達はどこなの!?」
    「そんなに目くじらをたたないでください。ここにいますよ」
     ゲマはローブを左右に開いた。すると、そこには、ロープで身体をしばられ、身動きがとれない二人の子供達がいた。
    「ロム! フィア!」
    「かあさんっ!」
    「おっと、まだ、この子たちを解放するわけにはいきません。ジャミ、ゴンズ」
    「はっ」
     ジャミはロムを、ゴンズはフィアを捕らえた。
    「さぁ、エルフォーシア。心おきなく楽しもうではありませんか。千年前の続きをねぇ」
    「……」
     エルフォーシアは、怒りに燃えた目で、ゲマをにらみ付けた。
     それは、もうサラボナのフローラの眼差しではなかった。魔族全体を恐怖に震え上がらせた、伝説の勇者エルフォーシアの眼力に、他ならなかった。
    「……くっ」
     ゲマは、グッと爪が食い込むほどに拳を握りしめた。
     彼は、圧倒されていた。頭ではもはやエルフォーシアなど敵ではないとわかっていつつも、身体が染みついてしまっていた。千年前に彼女に戦いを挑み、何ら太刀打ちすることもできずに破れ、命からがら逃げ帰ったことが。
     その一瞬の戸惑いを、エルフォーシアは突いた。
     短く身をかがめたと思った、次の瞬間、彼女はゲマの懐近くまで踏み込んでいた。
    「なっ……」
    「ライデイン……」
     天空の剣から、スパークが放たれる。
    「……ファングッ!」
     雷光が迸った。
    「ぐっ!」
     とっさにゲマは後ろに飛んだため、ノーダメージだったが、彼の身をつつんでいたローブは炎に焼かれていた。
    「ほほほほほ。あいかわらず、やりますねぇ」
     ゲマはローブを投げ捨てる。やせ細り、だが、ナイフのように鋭い肉体が露わとなる。
     エルフォーシアは気付いていた。ゲマの目に、再び余裕の色が見え始めたのを。
    「ライデインファング。ライデインを天空の剣に宿し、稲妻を秘めた突きを放つ。すさまじい魔法剣ですが、しょせんはライデイン。このわたしには通用しませんよ」
    「くっ」
    「さぁ、はなたないのですか。千年前に私にこの……」
     ゲマは自らの胸を張った。そこには、横一文字に引き裂かれた痛々しい傷跡があった。
    「醜い傷跡を残した必殺剣……ギガスラッシュ・ブレイクを!?」
    「いわれなくても……!」
     エルフォーシアは天空の剣を鞘に収めた。
     そして、再び抜刀の構えを取る。
     鞘に収められた魔法石が光り出す。それは、刃に魔法の力……すなわち、ギガデインの威力を込めている証でもあった。
    「な、なんてすごい威圧感なの……!」
     エルフォーシアの肩に乗っかっていたベスが、驚愕の叫びを上げる。
    「ギガスラッシュ……」
     ダッ、
     エルフォーシアが床を蹴って飛ぶ。
     すさまじいまでの跳躍で、低空のまま、彼女はゲマの懐に潜り込んだ。
     そして、鞘ごと彼の胸に押し当てる。
    「……ブレイク!」
     彼女は刃を引き抜く。
     零距離抜刀術。
     防御することも、回避することも不可能の必殺剣が炸裂する……はずだった。
    ……だが、
    「……ッ!」
     エルフォーシアは技を放った姿勢のまま、絶句した。
     天空の剣の刃は、ゲマの皮膚の手前で止まっていた。
     むろん、敵にダメージはない。
    「ふふふふふ。もはや、今のあなたには、ギガスラッシュを放つだけの力など、残ってはいない。それは、わかっていた……はずだ!」
     ゲマはエルフォーシアの腹部に手のひらを押し当てた。次の瞬間、不可思議な力によって、彼女は後方に派手に吹っ飛んだ。
    「……っ!!」
    「かあさんっ!」
     ロムとフィアの悲鳴が響き渡る。
     彼女は受け身すらとれず、地面に激突し、転がり回った。
     衝撃が収まった後も、エルフォーシアは起き上がれない。
    「わかっていますよ。腐っても勇者。このくらいで死ぬはずがない、と」
     ゲマはゆっくりと、エルフォーシアに近寄っていく。
     その手には、死神の鎌が握られていた。
    「まだ……死ねない」
     エルフォーシアは、唇を噛みしめて、よろよろと起き上がる。
     天空の剣を、床に突き刺して。
    「そうこなくては」
     にやっ、と笑い、ゲマは平手を突き出す。
    「メラゾーマ!」
     紅蓮の炎が放たれ、エルフォーシアに迫る。
    「……!」
     彼女は、とっさに天空の盾を構えた。
     盾から、あまりにも弱々しい光が放たれる。
     本来はイオナズンをも防ぐ結界は、ゲマのメラゾーマによりたやすく消し飛んだ。
     とっさにエルフォーシアは横に飛ぶ。直撃はさけたが、熱風をまともに受けた彼女は、再び受け身すらとれずに地面に沈んだ。
    「天空の盾の結界すら張れないようでは、終わりましたねぇ」
     ゲマは残忍な笑みを浮かべながら、倒れている彼女に近づくと、その青い髪をつかみ、無理矢理起き上がらせた。
     そして、彼女の首元に死神の鎌の切っ先を押し当てる。
    「……ッ!!」
     エルフォーシアの顔が、顔面蒼白になる。
    「さようなら。枯れた、勇者さん」
     ゲマが腕を動かす。
     もうだめだ。エルフォーシアは、目をつむった。
     だが、


    「剛破閃ッ!!」


     突然放たれた剣閃が、ゲマの腕を引っ込ませた。
    「な、何者っ!」
     エルフォーシアから離れるゲマ。
     彼女は、支えを失い、その場に崩れ落ちそうになる。
     そんな彼女に全力で駆け寄り、その身を支える。
    「まったく、君はいつも、僕の目の届かないところで無茶をする」
     くったくのないこえが、エルフォーシア……いや、フローラの鼓膜に響いた。
    「あ、あな、た」
     うっすらと、目を開ける。そこには、もっとも愛すべき人の笑顔があった。



      
     2


    「やはり君が、勇者だったんだな」
    「ごめん、なさい。今まで、黙っていて」
    「あぁ、怒ってる」
     リュカは真っ正面からフローラの顔をのぞきこむと、その額にぴん、と指を弾かせた。
    「あ、いた」
    「だが、君がいいかけようとしていたことは何度もあった。だから、これで許す」
     そういって、彼はまた笑った。
    「だが、フローラ。これだけは忘れないでくれ。君がフローラであれ、エルフォーシアであれ、僕はそんなことで君への態度を変えるようなことはしない」
    「……はい!」
     いつしか、フローラは目に涙を浮かべていた。
    (やれやれ)
     リュカは頭を掻きながら、ゲマと向き合う。
    (だが、彼女が言い出せずにいたのは、僕の責任でもある。彼女に余計なプレッシャーを与えてしまった、僕の責任なんだ。だから……)
    「フローラ。ここは僕にまかせてくれ。むろん、手出し無用だ」
    「ですが」
    「大丈夫だ」
     リュカは彼女に向かって頷いて見せた。
    「勝ってくるよ。必ずね」
    「……はい」
     フローラはそのうなずきをたしかに目にした。そして、彼から遠ざかる。
    「……大きく出ましたね。リュカ」
     ゲマは死神の鎌を肩に担ぎながら、言った。
    「あなたが、わたしを倒す? ふっ、確かにあなたはアトラスを倒した。けど、アトラスはお情けで魔団長になったようなもの。あやつを倒したくらいで、図にのらないほうがいいですよ」
    「図に乗っているわけじゃないさ。確信しているんだ」
     リュカはパパスの剣……パルバレードを構えて、不敵に笑った。
    「ロム! フィア!」
     リュカは、二人の魔物に捕らえられた子供達に向けて叫んだ。
    「すぐに助けてやるからな! おまえたちを、第二の僕には絶対にしない!」
    「とうさん!」
    「おねがいよ、そんなやつ、やっつけちゃってね!」
     ロムとフィアが、その言葉にこたえる。
     彼らの表情からは、もう怯えは消えていた。そこにあるのは、父に向けた絶対の信頼だった。
    「ふふふふ。では、みせてもらいましょうか。魔神一刀流の新たなる継承者リューゼンリッターのちからのほどをっ!」
     ゲマは死神の鎌を振るった。
     すると、一度に五つものメラゾーマの炎が出現する。
    「いきなさいっ!」
     五つの巨大な炎の弾丸がリュカに迫る。だが、彼は身動きひとつせず、ただ刀を振り上げた。
    「魔神一刀流秘術……剛破閃・鎌鼬!」
     いきおいよく、リュカは剣を振り下ろす。
     すると、ブーメランのようにするどく回転する剣閃が放たれた。鎌鼬は、次々とメラゾーマの炎を引き裂く。
     まっぷたつに割られた炎の弾は、行き場を失い、その場で自爆した。
    「こ、この技は……」
    「奥義を継承したとき、いくつもの技が僕の頭に伝承されていくのを感じた。次は、これでどうだ」
     リュカは振り上げた剣を、思いっきり地面に振り下ろす。
    「魔神一刀流秘術……斬震剣ッッ!」
     突き刺さった刃から凄まじい衝撃破が繰り出された。衝撃破は床を一文字に砕きながら、ゲマに迫る。
    「くうっ!」
     たまらず、ゲマは空に飛んで逃げる。それが、仇となった。
    「とったっ!」
    「……!」
     ゲマは、はっとして、上を見上げた。
     そこには、すでに彼の回避を予知して跳躍していたリュカの姿があった。それも、今にも技を放つタイミングで。
    「お、おのれええええっ!!」
    「魔神一刀流奥義、無双刃!!」


     カッ!!



     リュカの剣から、閃光が迸る。
     彼はそのまま、ゆっくりと、地面に着地した。
     そのすぐあとに、反対方向にゲマが降り立つ。
    「……グッ! ガハァッ!」
     ゲマの口から、ドス黒い血が吐き出された。
     彼の身体は脳天から股間にかけて、まっぷたつに亀裂が走っていた。
    「……我が剣、全てを断ち、原子すら消滅せしめる剣なり……」
     そう呟きながら、リュカは剣を鞘におさめる。
    「バ、バカ、ナ……」
     ゲマの身体に、異変が起きていた。
     斬られた傷跡が、彼自身を飲み込んでいく。
     いや、消滅しだしているのだ。ゲマの細胞そのものが、次々と死んでいき、消滅していく。
    「魔神一刀流奥義無双刃……父さんが、僕に教えてくれた究極の奥義……終わりだ。ゲマ」
     リュカはゲマの方を振り向かなかった。
     もう、勝敗はついていた。
    「オ、オノレ、オノレェェェェェ……」
     すでに、ゲマの身体は下半身と上半身のほとんどが消滅し、残すは首だけとなっていた。
     ……勝った。
     リュカは、感無量の心境だった。
     胸の奥にはさまっていた異物がようやくとれたような、そんなさわやかな気持ちになる。
     ……父さん、かたきは、討ちました。
     彼の目から、一筋の涙が、こぼれ落ちた。
    「あなた」
     フローラが、剣を杖代わりに、リュカに近寄る。
    「あぁ。さて」
     リュカは残ったジャミとゴンズに目を向けた。鋭い目付きでにらみ返す……つもりだった。
     だが、そこに、二人の魔物の姿はなかった。
    「い、いない……!」
     リュカとフローラが目を見張る。
     確かにそこでロムとフィアを捕らえていたゲマの配下が、忽然と姿を消していた。二人の子供達の姿も同様に。
    「フフフフフフ……」
     不気味な笑みが、轟く。
     はっと振り返る。ゲマの生首が転がっていた場所を。
     そこには、すでにゲマはいなかった。そう、彼らの知るゲマは。
    「……あなたがはじめてですよ」
     地の底から響き渡る、おそるべき声。それはまさしく、ゲマのものに他ならない。
     しかし、目の前にたたずむゲマは、今までの彼からはまったくかけ離れていた。
     いくつもうごめく触手に、何本もある腕。足。そして、ゲマの大きく膨れた身体から突き出た、ジャミとゴンズの顔。
    「こ、これは……っ!!」
     リュカですら、その異形な生物に吐き気を覚えた。
    「わたしの、このすがたをおみせするのはね」
    「とうさんっ! かあさんっ!」
     ロムとフィアは、ジャミとゴンズのものらしき手に捕らえられていた。だが、それらの手は、ゲマの身体から突き出ている。
    「きゅ、吸収したのか……あ、あの、ふたりを」
    「吸収? ふふふふふ、言い方が正しくありませんね。融合と呼んで頂きたい。エルフォーシア、あなたならわかるでしょう。このすばらしきちからの正体を」
    「……」
     フローラは、不気味にうごめくゲマの姿を睨み付けながら、苦々しく呟いた。
    「進化の……秘法。闇に葬ったはずの秘術を、あなたは……」
    「ふふふふ、デスピサロの死骸から進化の秘法の情報を抜き取ることなど、たやすいことでしたよ」
    「ゲマ!」
     リュカは再びパルバレードを鞘から引き抜く。
    「おっと、その名はもう私に相応しくない。こうよんでくださいな」
     にやっと不気味に笑い、ゲマ……いや、ゲマだったモノはいった。
    「ゲマキマイラと」

     3


    「さぁ、リュカ。このわたしの姿を見ても、まだあなたは私に勝つなどとたわけたことをいってのけるのですかな?」
    「むろんだ!」
     リュカは横薙ぎに剣を構えた。
    「たかが雑魚を二人吸収したところで、それが何になるっ!」
    「融合、といってほしいと」
    「魔神一刀流……剛破閃・十文字斬り!」
     リュカが剣を十字に切る。
    「グランド……クロスッ!」
     すさまじいまでの聖なる光がゲマに向けて照射された。
     だが、彼はそれに動じず、わずかに手を前に突き出す。
     凍てつく波動が放たれ、その漆黒の波動のまえに、グランドクロスの閃光はなすすべもなく飲み込まれる。
    「ば、ばかな!」
    「あなた! さがってください!」
     フローラはリュカの前に躍り出ると、指先に全神経を集中させた。バチバチ、と凄まじいまでのスパークが放たれる。
    「ライデイン!」
     電撃が放たれた。
     だが、その電撃も、凍てつく波動の前に消え去る。
    「エルフォーシア。あなたはもう、私に傷ひとつつけることができないということが……わからないのですかぁっ!」
     ゲマが両手を掲げた。
     そこに、眩いばかりの閃光が産まれる。
    「さぁ、焼け消えなさい。ベギラゴン……!」
     全てを焼き尽くし、消滅せしめる緋色の閃光がフローラを襲う。
    「……!」
     避けられない。そう思った瞬間、
     リュカが彼女の背中を押した。
     次の瞬間、
     すさまじいまでの炎が、リュカの利き腕である左腕を飲み込んだ。
    「……!!」
     彼の手から、とっさにパパスの剣が落とされる。
     剣は、無事だった。だが、リュカの左腕は肩から先が消滅していた。
    「あなたっ!!?」
     フローラが悲痛の叫びを上げる。
    「ぐっ!」
     リュカがすさまじいまでの痛みと熱に、眉をしかめ、たまらず、膝を折る。
    「フフフフフ、どうです。利き腕を失っては、もう二度と魔神一刀流を放つことはできないでしょう」
    「ぐ、あ、あああっ……」
     今まで経験したことのない痛みに気が遠くなりそうになる。
     キッ、とフローラはゲマをにらみ付ける。
    「おおっと、こわいこわい。そんな怖い顔をしてよいのですか?」
     ゲマはにたにた笑いながら、ロムの小さな頭を鷲づかみにして、前へとつきだした。
    「ロムッ!?」
     フローラの顔が真っ青に染まる。
     みしみし、とゲマの指がロムの頭部に食い込む。
    「うわあああああっ!!」
     痛ましいほどの子の泣き叫ぶ声。
    「剣を捨てなさい。エルフォーシア。この子がどうなってもいいのなら、話は別ですが」
    「……くっ、卑怯な」
    「おや、なにかいいましたかな」
     グググググ……
    「うわあああああぁぁぁっ!!?」
    「離します! 剣を捨てるから、その子達に手は出さないで!」
     必死に叫びながら、彼女は天空の剣と盾を投げ捨てた。
     からん、からん、と乾いた音を立てて、二つの武具は転がる。
    「聞き分けの言いのは好きですよ」
     だが、ゲマはロムの頭から手を離そうとはしない。力を弱めただけだ。
    「……本当に、子を想う親の気持ちというのは、美しいものですねぇ。リュカ……」
    「……!」
     リュカは、失ったばかりの肩の断面を押さえながら、鋭い眼差しでゲマを睨んだ。よろよろと、立ち上がり、フローラを背にかばう。
    「……やれよ。僕の父さんにしたように」
    「だめだ……とうさん」
     かすれるような声で、ロムが言う。
    「こ、ころさ、れる」
    「心配するな。ロム」
     リュカは、息子に向けて微笑みかけた。
    「お前はなにも、心配することはない」
    「えぇ、そうですとも……!」
     ドスンッ、ゲマは強烈に踏み込み、その拳をリュカの腹に突き刺した。
    「ぐっ!」
     あばらがめきめきと音を立てて折れる。
    「ガ、ガハッ」
     再び、口からはき出される鮮血。
     彼の身体は、まるで人形のように宙へ放りだされる。
    「まだっ!」
     ゲマは飛翔した。空中で、リュカにおいつき、その腰に強烈な拳を繰り出す。
     ズドォォォンッ!
     リュカは頭から地面と激突した。
    「あなたぁぁっ!!」
     フローラが泣き叫ぶ。
     すでに、リュカに立ち上がる力は、残ってはいなかった。
    「ふっふっふ」
     ゲマは、片足を振り上げ、リュカの背中を思いっきり踏みしめた。
    「もうやめてぇっ!!」
     フローラの泣き叫ぶ声は、ゲマの耳には届かない。
    「あーはっはっはっは! これでわかったでしょう? 人間が、我ら魔族に逆らうことのおろかしさというものが!」
    「う、ぐ、っぐぐ……」
     リュカは、血でにじんだ歯を食いしばった。そして、目から悔し涙を流す。
     やはり、魔族には勝てないのか。人は……
    「……どうやら、ここまでのようですねぇ」
     ゲマは、リュカから足を離した。
     そして、数歩遠ざかると、その手に死神の鎌をかざす。
    「わかっていますよね。この死神の鎌で命を絶たれた者は、未来永劫、悪霊と化したまま現世をさまようこととなる……」
    「うっ、ぐ、く、そぉ……」
     リュカは起き上がろうともがいたが、彼の手足は、もはやぴくりとしか動かない。
    「……おっと、そうだったそうだった。わたしもバカではない。同じ過ちは繰り返したくはないのでね」
     ふっ、とゲマはロムの頭から手を離した。
     すとん、と少年は地面に転がり落ちる。
    「と、とうさんっ……!」
     ロムは今にも死にかけていた父に駆け寄ろうとした。
     その時。
     ズシュッ、
    「……!!」
     ベスが、フィアが、フローラが、そしてリュカが、誰もが絶句した。
     ロムの胸から、死神の鎌の刃が顔を出していた。
    「……えっ」
     ロムは、おそるおそる、自らの胸をみる。その時、無慈悲にもゲマが鎌を引き抜いた。
     舞い上がる血しぶき。
     ロムは、目の前が真っ暗になっていくのを感じたまま、その場に崩れ落ちた。



    「ロムッ!」
     リュカが、歯を食いしばって、全身に力を込めて、彼に這い寄る。
     倒れて、胸からドクドクと大量の血を流す我が子に。
    「ふふふふふ。過ちは、正さなければなりません」
    「あやまちだとっ!」
     リュカが地面をはいつくばったまま、叫ぶ。
    「そうですとも。あのとき、私はあなたを殺さなかった。殺しておくべきだった。殺しておけば、こんな面倒なことにならずにすんだものを」
    「だから、だから、ロムをっ……!」
    「おにいちゃんっ!!」
     フィアは、もがいて、ゲマの拘束からのがれ、兄のもとへ駆け寄る。
    「おにいちゃん! しっかり、しっかりしてよっ!」
    「ロムッ! なにやってるのっ! めをあけなさいっ」
     フィアとベスが、彼の身体をゆさゆさと揺さぶる。
     だが、ロムは目をとじたまま、微動だにしない。
    「むだですよ」
     ゲマは、冷徹に言う。
    「心臓を貫かれては、ねぇ」
    「そ、そん、な……」
     フィアの手から、力が抜ける。
     ふっ、とロムの頭は彼女の膝の上に落ちる。
    「い、いやだ、いやだよ。おにいちゃん……しんじゃ、いや、だ」
     涙がぽろぽろとこぼれおち、ロムの頬を濡らした。だが、彼は何の反応もしめさない。
    「お……」
     リュカは起き上がる。もはや、身体の痛みなどどうでもよかった。
    「おのれえええぇっ!」
     拳をかため、ゲマの顔面に向かって突き出す。
     強烈な鉄拳が、魔人の頬を張り飛ばした。だが、
    「見苦しいぞ!」
     強烈な蹴りが鳩尾に突き刺さり、リュカは吹っ飛ばされる。
     その横から、飛び出してきたのはフローラだった。
    「あなただけは、あなただけはぁっ!」
    「雑魚がっ!」
     ゲマは振りかざした手にイオラのエネルギー弾を生み出すと、それをフローラの足下めがけてほうり投げる。
     ドウゥゥゥゥンッ、
     床が抜けるほどの爆発と爆炎にまかれ、フローラは悲鳴すらあげずに宙へと投げ出された。天井に背中から激突し、力なく地面へと落下する。
    「フ、フロー……ラ…………」
     フローラは、完全に意識を失ったようだった。ぐったりとしたまま、身動き一つしない。彼女の倒れた地面から、赤い血が円を描くように広がっていくのをみて、リュカは瞼を食いしばった。
    「だれか、だれでもいい、こいつを、こいつをぉ……」
    「むだですよ。私の力を上回る者など、エスターク様以外にはいないのですから」
     ゲマは両手を天にかざした。
     バチ、バチバチ……
     空気が振動し、スパークが放たれる。
     そして、彼の頭上に、巨大なエネルギー弾が出現した。
    「イオナズン……もっとも、デモンズタワーまで吹き飛ばすわけにはいかないから、威力はかなり限定しますがね。それでも、この最上階ごと、あなたがたを消し飛ばすには十分の威力ですよ」
    「……くそっ、もう、だめなのか」
     リュカは、もう手も足も動かす力すら残っていなかった。逃げることは、不可能。
    「さぁ、仲良くあの世へおいきなさいっ!」
     狂喜の嘲笑をうかべながら、ゲマは、その呪文を発動させようとした。
     そう、リュカには見えたのだ。だが、次の瞬間、
    「……ッ!!」
     ゲマの脳裏に、なにかがひた走った。
    (ば、ばかな……っ)
     ゲマははっとして、フローラの方をみた。
     彼女は前のめりに倒れたままだ。
    (エルフォーシアは沈黙している。それなのに、なんでだ……)
     ゲマの額から、じわじわと脂汗がたれ落ちる。
    (なぜ、千年前に感じたあのプレッシャーを感じるのだっ!?)
     その時ようやく、ゲマは気づいた。
     自分の足下に転がっていた少年の死体が、二本足で立ち上がっているのを。
     その身体から放たれる、黄金のオーラを。
     フィアとベスは、涙ぐんだまま、惚けたような目で兄を見上げていた。それもそのはずだ。殺されたはずの兄が、一人でに起き上がったのだから。
    「ロム……エルドッ!!」
    「…………」
     ロムは、静かに顔を上げた。
     その目は、灰色を帯びた澄んだ銀の瞳に変わっていた。そして、髪の色も、漆黒から萌えるような薄緑の色へと変貌を遂げていた。
    「ロ、ロム……?」
     リュカの問いに、ロムは答えない。いや、声そのものが、届いてはいない様子だった。




    「まさか、な」
     遅れてその場へと駆けつけたピエール、マーリン、そしてライオスも、その光景に目を見張っていた。
    「や、やはり、ロムが真の勇者だった……だが、あれはいったい」
    「わ、わからん。いったい、なにがおこったのか」
    「……覚醒したのだよ」
     ライオスは、静かに呟いた。
    「本来なら、少しづつ力を解放していかなければならない。だが、ゲマはロムを殺した。何も考えずに。だから、あの者の内なる秘めた力が……防衛本能が働いてしまったのだ。いまのロムは……悪しき者を屠るという勇者としての本能だけで動いている」


    「ま、まさか、まさか、そんな、こ、こんな、こんな子供がっ……」
     ゲマの顔は恐怖にゆがんでいた。一歩、また一歩とロムが静かに近寄るたびに、その色が強烈になっていく。
    「う、うわああああっ!!」
     我を失ったゲマが、ロムにむけてメラゾーマを放つ。
    「ロムッ!」
     リュカが叫ぶ。
     だが、ロムは、驚くほど冷静に、手で短く印を切った。
     すると、地面に落ちていたはずの天空の盾が瞬間的に移動し、ロムの右手におさまる。
     天空の盾より放たれた強烈な白き結界に、ゲマのメラゾーマはあっけなく四散した。
    「ば、ばかなっ!」
    「…………っ」
     ロムは再び短く呪文を唱える。すると、まばゆいオーラが彼を中心に全体に広がる。
     それはベホマズンの光だった。
    「……!」
     リュカは我が目をうたがった。
     失われたはずの左腕が、いつの間にか元通りに再生されていた。それと同時に身体全体を蝕んでいた痛みも消える。
     どうやら、それはフローラも同じだったようだ。彼女も、何事もなかったかのように意識を取り戻し、起き上がる。
    「ベ、ベホマズン……ば、ばかな、神でもなければ、そのような奇跡の術を、つかえるわけがっ」
    「……ゲマ。お前は勇者について、何も理解していない」
     ライオスが冷淡に呟いた。
    「グレンゾーンの姓の意味するところがどういうことか、それを知らぬお前ではない」
    「なにっ、ラ、ライオス!?」
     このときようやく、ゲマはライオスの存在に気づく。
    「グレンゾーンとは、すなわち、神の因子……ロムは、いや、すべての勇者は、神の背骨より作られた、いわば神の分身なのだ。魔人ごとき貴様が、勝てる相手では……ないっ!」
    「うわあああああっっ!!」
     ゲマは、恐怖にかられ、逃げ出した。
     どすどすと音を立てて、逃げ場などないということも忘れて。
     ロムは、しずかに腰をかがみ、剣をかざす。
     天空の剣から、ギガデイン級のスパークが放たれる。
    「ジゴ……」
     ロムは、必殺剣を、放つっ。
    「スパァァァァァックッ!!」
     天空の剣より放たれた、すべてを飲み込む光の奔流は、ゲマの身体をも飲み込んだ。
    「グガアアアアアアァァァァッ!!」
     断末魔の叫びがあがる。
     ギガスラッシュのオーラは、デモンズタワーを飛び出し、空へと駆け上がった。
     その光は天へと届き、そして、
     …………爆散した。



     4


    「ゲマは、死んだ」
     空を見上げて、ライオスは呟く。
    「……リュカ。ゲマは死んだぞ」
    「あぁ」
     リュカは、再生した左腕の感触をたしかめながら、頷いた。
    「あいつは、かつての過ちを正すためといって、ロムに凶刃を向けた。だが、それこそが過ちだったんだ」
    「あなた!」
     フローラが、フィアが、リュカのもとへ駆け寄る。
     そして、三人はロムと向かい合う。
     彼の髪は緑色から黒へと、その目も同様に元の色へと戻っていた。
     彼はゆっくりとみんなの顔を見渡し、そして、リュカに向かって、微笑んだ。
    「ロム……」
     リュカが、息子に手を差し伸べる。
     ロムはその手を取ろうとして、
     ふっ、
     リュカの目の前を、ロムがよぎる。
     彼の手は、リュカのそれを取ることなく、すれ違う。
     そして、彼の身体は、完全に地面に沈んだ。
    「……えっ」
     一瞬、何がおこったのか理解できなかった。
     リュカの、全員の視線が地面に倒れたロムに注がれる。
    「ロム。どうした。足をすべらせたのか?」
     リュカは軽く微笑み、身を屈んで、彼を抱き起こそうと腕を取った。
     だが、その皮膚の感触は冷たい。
     はっとして、彼は息子の腕を離す。
    「冷たい……脈もない!」
    「えっ、ロム!」
     フローラが息子を抱き起こす。ロムの目は安らかに閉じられ、眠っているかのようだった。だが、その口からも鼻からも、寝息は聞こえてこない。
    「そ、そんな……」
    「バカな」
     マーリンとピエールが、我が目を疑った。
    「ね、ねぇ、どういうことよっ」
     ベスがライオスに食ってかかる。
    「あんた、あんなに勇者について詳しく話していたじゃない。これは、どういうことなのよ」
    「……潜在的な力を、一気に放出しすぎた」
     ライオスは目を背けた。
    「……あれだけの力だ。子供の身では、耐えきれなかったのだ」
    「そ、んな……」
     フローラはその場に膝を折る。
    「……ロムは、今度こそ死んだ。もう、二度と、生き返ることはない」
     だがもがその言葉に衝撃を覚えた。それに呼応するかのように、突然、すさまじい地震が襲う。
     天井から岩崩れが置き、地面に地割れが生じる。
    「な、なんです! これは」
     ピエールがバランスを失いながらも叫ぶ。
    「魔の炉を暴走させたからな。塔全体が暴走したエネルギーに耐えきれなくなっているのだ。はやく逃げ出さなければ、我々はここに生き埋めだぞ」
    「……!」
     ピエールとマーリンは、リュカ達に目を向ける。
     皆、ライオスの説明など聞いてはいなかった。
    「……皆さん、悲しいのはわかります」
     ピエールが苦々しく言う。
    「ですが、今はここを、この場から」
    「いやよ!」
     フィアは首を左右に振って否定した。
    「わたし、おにいちゃんのそばにいる! 五年も、いっしょにいたんだから……いたんだからぁっ!」
    「フィア……」
     フローラはそっと、泣きじゃくるフィアの肩に手をおく。 
    「……そうだな」
     だが、リュカは、ロムの亡骸を抱き上げた。
    「おとうさんっ!」
    「フィア。お前まで、失うわけにはいかないんだ。わかってくれ」
     その時だった。
     ゾゴオォォォッ!
     一段と凄まじい地割れが起きた。地面が左右に割れ、盛り上がる。
    「なっ……くっ!」
     リュカはロムを抱いたまま、後方へ大きく跳躍した。
     あと少し遅ければ、地割れに飲み込まれ、はるか下のフロアまで落とされていたところだ。
    「あなたっ!」
     フローラの声が聞こえる。
     その時ようやく、自分はみんなから孤立してしまったことに気付く。今やリュカとライオスとベス、そしてフローラ達の間には、歩いては渡れない深く大きな溝が生じていた。
    「おとうさんっ!!」
    「リュカ! 無事かっ!」
    「みんな! 僕らにかまわず、はやく脱出しろ。そちら側は、下の階へと退避する階段がある」
    「けど、おとうさんと……ロムは!」
     フィアが叫ぶ。
    「安心しろ。僕はリレミトが使える。さぁ、はやく!」
    「……いきましょう」
     フローラは、観念したかのように頷いた。
    「でも!」
    「おとうさんもいったでしょう」
     厳しい口調で、フローラは言った。
    「ここでぐずぐずしていて、あなたまで失うわけにはいかないの」
    「……おかあ、さん」
     フィアははっと息を呑んだ。フローラの目に、再び熱い涙があふれ出していた。
     彼女はぐっと唇を噛みしめて、こくりと頷いた。
    「……あなた」
     最後にフローラは、リュカと、ロムとを交互に見つめた。
     リュカは黙って頷いた。
     暗黙の了承を取り合ったフローラは、後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にする。
     惜しみつつもピエール、マーリンも後に続き、後はリュカとライオスだけが残された。
    「嘘をついたな」
     ライオスが静かに呟く。
    「魔神一刀流の試練の後だ。お前にはもう、リレミトを唱えるだけの魔法力は残されてはいない」
    「……わかっているさ。結果的に、あなたがこちらに残ってくれたのは助かった」
     リュカは揺れる地面の上に、そっとロムを寝かせた。
     そして、自分の剣を、ライオスに手渡す。
    「持っていてくれ」
    「あぁ、しかし、おまえ、なにを」
     リュカは何も語らず、ただはかなげに微笑んだ。そして、自らの腕をナイフで浅く切り裂く。
     地面に流れ出した血液が、リュカの呪文に呼応するかのように独りでに血文字の魔法陣を描いていく。
    「こ、これは、まさか」
     ライオスは目を見張った。
    「そうだ。メガザルだ。ロムの命を救うには、もはや、これしかない」
    「えっ、でも、メガザルって」
     ベスの問いに、リュカは頷く。
    「メガザルにとっての代価は命……魔法力じゃない
    「正気か? メガザルは知っての通り、お前の命を死者に分け与える呪文。それを使えば、当然、お前の命も」
    「メガザルは、死者が死んで五分以内に行わなければならない。死者の肉体から、魂が離れるまえにだ。だから、デモンズタワーから脱出する暇はなかった」
    「リュカ……」
    「それに、メガザルを唱えるなんていえば、みんなこの場に残ってしまうだろう。フィアはまだ幼い。フローラはまだこの世界に必要だ」
    「お前は、必要ではないというのか」
    「ゲマは倒した。僕の半分の心残りはない。唯一の心残りは、母さんのことだけだが」
    「お前を安心させるわけではないが……」
     ライオスは言った。
    「マーサ様は、たとえお前が魔界へ行き、一緒に帰ろうと言っても、決して、首を縦にふりはしないだろう。あの方にとって、魔族と人間との和解は、もはや自分の使命なのだ。だから、あの方は魔界から離れない。魔界から……逃げない」
    「そうか。それを聞いて、安心した」
     リュカはふっと微笑んだ。
     血文字の魔法陣が完成する。複雑な紋章が、命をふきこまれたかのように一人でに光り出す。
    「ライオス。君に頼みがある」
    「わかっている。ロムのことは、私にまかせておけ。だが、残念だがフローラやピエールのもとに返すわけにはいかん。ロムは表向きには死んだということにしておく。その方が、この子の身の安全を考えるならば……」
    「……父親としては、そいつは反対したいところだが」
     リュカは首を左右に振った。
    「……まかせる。ロムを、強い子に……」
    「……リュカ」
     ライオスは息を呑んだ。
     リュカは、泣いていた。
     自分の言っていることが、偽善だということに彼は気付いていた。
     ロムはいつしか、自分の使命に気付く時がくるだろう。それは同時に、魔族から命を狙われることを意味していた。
     降りかかる火の粉をはらいのけるだけの力を身につけろ。だがそれは、ロムの命を縮めることに他ならなかった。
     ライオスはこの時思った。この男を、このまま死なせてよいものか、と。
     その時、彼は唐突に思い出した。マーサから手渡されたあの品を。
    「……この子は私が責任を持って守る。安心しろ」
    「……頼んだ!」
     別れはすんだ。
     リュカは勢い良くロムの胸に手のひらを当てた。
    「ロム! 生きろぉーーっ!!」
     リュカの、リューゼンリッター・エルド・グランバニアの最後の叫びだった。
     


     ……メガザルッ!


     どぅんっ、ロムの止まっていた心臓が、大きく跳ね上がった。


























     エピローグ




















     …………十年後…………
































    「フィア。ここにいたの?」
     真夜中のラインハット。見晴らしのいいテラスの上で、フィアはふと振り返った。
     そこには、ついこの間長旅から帰ってきたばかりの母フローラの姿があった。
     五年ぶりに会った母は、以前会った時と少しも変わってはいなかった。いや、十年前から、彼女は若いままだ。生粋の天空人というのは、年の取り方が地上人よりも緩やからしい。
     だが、フローラの雰囲気はどこか変わった。
     当時は長くて美しい髪をリボンで結いでいたが、今は単に首の辺りで一本にまとめているだけ。肩の半分空いたドレスも、今では露出度の少ないブラックのレザーコートに変わっている。
     そして、その腰には、夫の形見であり、今は亡きグランバニアの名剣パルバレードが巻かれていた。


     そう、今日で十年になるのだ。
     十年前のこの日に、フィアはかけがえのない父と兄を失った。ロムとリュカの死の知らせを持ってきたのは、たった一人生き残ったライオスだった。肉親の死を受け入れることができず、当時のフィアは泣きながら何度も彼の胸を叩いた。

     リュカ、ロム、ベス、ピエトロ、ソアラ王妃……たくさんの人が死んだ。
     その日のうちに国葬が開かれ、翌日まで、国民達は喪に伏した。


     それを狙いすますかのように、エンドール帝国がグランバニア領土に侵攻。
     先の魔物の奇襲でズタボロになったグランバニアに、迎え撃つだけの兵力はすでになく、グランバニアはたった一夜で、その長い歴史に終止符を打った。
     オジロン王は捕らえられた。フィアやフローラはピエール達と共にラインハットへと亡命し、ドリスとピピンは混乱の中行方不明。
     当時のフィア達に、リュカ達の死を悲しんでいる余裕はなかった。



    「今日で、十年になるのね」
    「そうね。あっという間にかんじるわ」
     フローラはフィアの隣に立つ。
     娘のフィアは、十六歳になった。髪も伸び、どことなく自分とリュカに面影が似ていると思うときがある。
     身につけているドレスも見事に着こなし、振る舞い方は優雅で、気品に満ちている。
     グランバニアのプリンセス……彼女は、この肩書きを背負った。誰に言われるでもなく、自分自身の意志で。
     光の教団は日増しにその勢いを増し、それと同様、エンドール帝国は次々と他国へ侵攻。領土を拡大しつつある。
     世界は今、麻の如く乱れていた。
     だが、それを救う救世主は、いまだ無い。
    「ねぇ、おかあさん」
     フィアは、周りに誰もいない時だけ、フローラのことをお母さまではなく、お母さんと呼んだ。
    「なに?」
    「また、旅に出るのね」
    「えぇ。この剣を継いだ時から、私のやるべきことはただひとつ。あの人の遺志を継ぐこと」
    「私も連れて行って……って、いいたいけれど」
     フィアはゆっくりと首を横に振った。
    「私はここでおかあさんの帰りを待っています」
    「……ありがとう。フィア」
     フローラは娘をそっと抱いた。
    「ねぇ、この前ね」
     フィアは、そっと母に話す。
    「私がこっそりお城を抜け出して、酔っぱらいに絡まれた時にね」
    「まぁ。フィアったら、そんなことを」
    「もうっ、話を最後まできいてよ」
     フィアはぷうっ、と頬を膨らませる。
    「さっそうと、私を助けてくれた人がいたの。とっても、かっこよかった」
    「ふぅん。フィアは、その人のことが忘れられないのね」
    「ち、ちがうわ。そういうんじゃなくって、その人フェズリィさんっていって、鉄仮面に真っ黒な鎧に身を包んだ、一見すると怪しそうな人だったの。私も最初はおびえたわ。手には、巨大な剣を持っていたし……けどね、その人、優しい声で私にいってくれたの。大丈夫かいって」
    「…………」
    「……なんだか、お父さんを思い出しちゃった。その人はすぐに街を去ってしまったけど、また、会えるかなぁ」
    「そうね」
     フローラは娘の髪を撫でながら、いった。
    「会えるわ……必ずね」





    反竜伝記 第三部 完










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