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2010.03.22 Monday

反竜伝記 第三部 第八話 エルフォーシアの突貫

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    反竜伝記 第三部 第八話 エルフォーシアの突貫 
     
     反竜伝記 第三部 第八話 エルフォーシアの突貫


     ……事は数時間前にさかのぼる。


     リュカとピエールが早朝に城をたって、二時間ほどが経った。
     朝というには遅く、だが昼と呼ぶにも早い……そんな時刻のことだった。
     朝からロムは稽古着に着替え、ドリスとの剣の稽古に明け暮れていた。
     彼女もこの間のロムとの手合わせ以来、わずかだがロムを認めたようだった。剣の稽古にまともに付き合ってくれるし、間違ったところをちゃんと指摘してくれる。
    「ほらほら、軸足が前にですぎてるよ! それに、攻撃を受けたからって、すぐにバランスを崩さない! 下半身に力をいれるのっ!」
    「は、はいっ」
     ロムは何度も失敗を繰り返したが、それでも着実と成長していく。
     そんな彼をみて、ドリスも胸が弾んでいく。
    (この子は叩けば叩くほどのびていくわ。こりゃあ、おじさまやピエール様が夢中になるわけだわ)


    「はい、休憩っ!」
     ぱん、とドリスは手を叩いた。
    「あ、ありがとうございましたぁ」
     ロムはなんとか礼をすると、へなへなと壁によりかかった。
    「うん。がんばったわね」
    「今日はほとんど防げなかったよ」
    「そりゃあ、ちょっとは本気だしてたからね。いつまでも手加減はしないわよ」
    「そういえばさ」
     思い出したかのように、ロムは尋ねた。
    「今朝から、とうさんの姿がみえないけど、どこにいったの」
    「え、えっとね」
     ドリスはなぜか目を反らした。
    (まいったなぁ。私はおじさまとお父様が話しているところを偶然聞いちゃったから知っているのだけど、この子にまで教えていいものかしら)
     ドリスにとって、リュカが王になることは願ってやまないことだった。
     彼がグランバニアにこなければ、自分が次期女王になっていたところだ。世界一の剣術家を志す彼女にとって、それはどうしても避けたいことだった。
    (おじさまがこの国を継いだら、私はとっとと武者修行の旅に出るんだから。だからおじさまにはなんとしても試練をパスしてもらわなくちゃ)
    「ねぇ、ドリスねえさんっ!」
    「あ、あぁ、ごめん。しらない」
    「本当かしら」
     ロムの肩の上のベスが、じとっーとした目で睨む。
    「なーんかあやしい」
    「っるっさいわね。赤スライム。知らないっていったら知らないわよ」
     ドリスは汗ばんだ前髪を掻き分けると、とっとと修練場から立ち去っていった。
     残されたロムは、木刀を元あった場所に置くと、
    「……僕も、すこし外で風を当たってくるかな」
     と、同じく修練場を後にした。


     城の最上階にある見晴台で、ロムは風にあたっていた。
     少しだけ伸びた黒髪は、さらさらとそよ風に吹かれて宙をなびる。
    「ねぇ、ロム」
     肩の上のベスが聞く。
    「もし、リュカさんがこの国の王様になったらさ。ロムは王子さまってことになるのかな」
    「うーん。なんだか実感沸かないなぁ」
     ロムも首筋をぽりぽり掻きながら首をかしげる。
    「けどさ。父さんは王様になっても、旅を続けると思うんだ」
    「……ロムは、またリュカさんについていくの?」
    「……たぶん、いかないと思うよ」
     ロムはゆっくりと首を横に振った。
    「ドリスねえさんと稽古をしていてわかったんだ。僕なんか、父さんの足手まといにしかならないって」
    「……ロム」
    「それに、最近また夢にみるようになってさ」
    「……それって、また、あの夢? 前に話したっていう、とてつもなく大きな闇の夢?」
    「うん。大きくて、邪悪で、世界そのものを飲み込んでしまいそうな……そんな闇の夢さ。最近、毎晩夢に見るんだ。そしてそういう時は、きまって身体の奥底が熱くなる」
    「……けど、たかが夢じゃない?」
    「ベス。僕にはね。その夢がただの夢だなんて、思えないんだ。ただの、勘なんだけど。僕には、僕にしかできないことがあるんじゃないかって……最近、そう思うんだ。だから、父さんの旅には……もう、ついていかないと思う」
    「ロム……」
     ベスはまぶしげにロムを見た。
     いつの間にか、少しだけ、大人びていることに気付く。今まで一緒にいすぎたために、気がつかなかったが。
    「おや、ロム様」
     声が聞こえて、ロムは後ろを振り返った。
     そこにたっていたのは、大臣と妹のフィアだった。
    「大臣さん、それに、フィア」
    「このようなところにおいででしたか。探しましたぞ」
    「探した? 僕を」
    「えぇ、今日は大切な日でございます。私は王より、ロム様とフィア様を城下町へお連れするようにと頼まれたのでございます」
    「大臣さんね、わたしたちに衣服を買ってくれるんだってっ」
     女の子らしく、フィアは洋服と聞いてどこかはしゃぎ気味だ。
    「えぇ、そうです。今までのみすぼらしい格好ではなく、グランバニア王家にふさわしいお召し物をと、思いましてね」
    「うーん、僕、この服気に入ってるんだけどな」
     ロムはくるり、とステップして服をアピールする。それは母フローラが縫ってくれた服だった。
    「あはは。何も捨てろといっているわけではありませんよ。お忍びで出かける時のためにとっておくのも良いかと」
    「そうか…そうだね」
     ロムは頷いた。
    「わかった。それじゃ、いこうか。大臣さん」
     そういって、ロムが大臣のもとへ歩み寄ろうとした、そのときだった。
    「そいつに近寄るな! ロム・エルドッ!」
     鋭い怒声が、ロムをあと一歩のところで踏み止まらせた。


     いつの間に転移してきたのか、ロムの背後にたっていたのは、人間の姿をしたライオスだった。
     だが、全身は痛々しいほど傷つけられ、ところどころから血が流れだし、左腕はだらん、とぶら下がっている。
    「お、おじさん、だれ?」
     ロムは憤怒の形相をしたライオスにおびえるように、声を震わせた。
    「ど、どこから現れたの。それに、その傷」
    「ロム様! お下がりくださいっ!」
     大臣が叫び声を上げる。
    「怪しい奴! きっと、デモンズタワーから現れた魔物に違いありません」
    「で、でも、この人……」
    「うん」
     ロムとフィアは互いに目配せしながら、頷いた。
    「なんだか、悪い人の感じはしないよ。ううん、むしろ」
    「王子様! 姫様! だまされてはなりません!」
     大臣は唾が飛びちるくらいに叫びながら、ロムとフィアの手首を掴んだ。
    「痛い!」
     フィアは悲鳴をあげた。
    「離して! 痛いよ」
    「……いいえ、そうはまいりません……」
     大臣の声色は、変わっていた。
     今までの野太い声から、地の底から響くような、不気味な声に。
    「……っ!」
     ロムとフィアは、愕然とした。
     大臣の顔が、手が、衣服が、どろどろと溶けていく。
     そして、偽りのヴェールから、大臣の正体が現れた。
    「……よくあの場から逃げてくれましたね。裏切り者さん?」
     魔人……ゲマは、ロムとフィアの手を掴んだまま、ライオスに向けて嘲笑を浮かべた。
    「私にルラストルがあることを、知らないおまえではあるまい」
    「あの大神殿にはルラストルを封じる結界石があったはずですが」
    「むろん破壊させてもらった。そのせいで、五体満足とまではいかなかったが」
     そういいながら、ライオスも変身を解いた。
     彼の体がまばゆく光り輝きだし、シルエットがライオネックのものへと変貌を遂げる。そして、光が消えた時、彼は魔族本来の姿へと戻っていた。
    「あなたがまさか反乱軍の一員だったとはねぇ。このことを知った時は驚きましたよ。今朝、秘密裏に処分しようと思っていたのですが、どうやらイブールはしくじったようですね」
    「知っていて泳がされていたのは承知の上だ。だが、もうそれもこれまでのようだな。貴様に勇者を……最後の勇者を殺らせはしない!」
     ライオスは短く呪文を唱えると、空間から一降りの槍を召喚した。それは、デーモンスピアと呼ばれる業物だった。
    「マーサに心を奪われた。魔族の恥さらしが、この私に勝てるとでも?」
     ゲマも同じように亜空間から死神の鎌を取り出す。
    「私は、マーサによって救われたのだ。あの方は、私の邪悪な心を、清い心で満たしてくれたのだ。それに、私と同じように、あの方を慕う方は大勢いる! ゲマよ、魔族は……かつてのような邪悪に満ちた一族ではないっ!」
    「それが本当ならなげかわしいことです。魔族の父エスターク様はお嘆きになりますよ!」
     ゲマは死神の鎌を振り下ろした。
     ライオスはそれをデーモンスピアで受け止める。
     ガキィ、とすさまじい金属音が鳴り響いた。
    「くっ……」
     ライオスの腕にしびれが走った。無理もない。彼は折れた手が使えず、片手で重い槍を操っているのだ。
     やがて、ゲマの強烈な一振りが、ライオスを後方へと押しやった。
     彼はバランスを崩し、その手から武器を落としてしまう。
    「メラゾーマ!」
     すかさず、ゲマはライオスの懐に飛び込んだ。そして、その手を彼の胸に押し当てて、呪文を発動させる。
     彼の手から放たれた紅蓮の炎が、ライオスの身体を飲み込んだ。
    「ぬわあああっ!!!」
     火だるまと化したライオスは、うめき声を上げながら、よろめき、やがて、その場に崩れ去る。
     その光景に、ロムとフィアは目を離せないでいた。一言も声を発することができないまま、金縛りにあったかのように身体が麻痺してしまっている。
    「残念です。あなたの腕のけがさえなければ、もっといい勝負が楽しめたのですが」
    「ぐっ……」
     ライオスの身体から炎が散る。その身体からはプスプスと煙が立ち、全身がひどい火傷に覆われていた。
    「こ、これしきの傷など……」
    「そうですね。あなた方ライオネックは、トロル並に再生力があるんでしたね。ほっておくとたちまち回復してしまうかもしれないので……」
     ゲマは悪魔のような冷たい嘲笑を浮かべて、ライオスの首もとに死神の鎌を当てた。
    「……ッ!」
     ライオスは息を飲み込み、鋭い目でゲマをにらみつける。
    「……死になさい」
     ゲマが鎌をちょっと動かす。たちまち、ライオスの首から上はは胴体から離れ、ものすごい量の鮮血が迸る……はずだった。
     だが、
    「ギラッ!」
     予想外の攻撃が繰り出された。フィアの放った小さな炎が、鎌を握ったゲマの手を熱したのだ。
    「なにっ!?」
     痛みはさほどではなかったが、驚いてゲマは鎌を戻す。
     そして、はっと息をのんだ。
     目の前に、少年が迫ってきていた。彼は、必死の形相で、両手には隠し持っていた銅の剣をしっかりと握りしめている。
    「やめろおっ!」
     無我夢中で、ロムはゲマの懐に飛び込んで、銅の剣を突き刺した。
    「バカな子ですねぇ」
     ゲマはくっくっく、と笑う。銅の剣は、ゲマの服は貫いたが、その下の強靱な皮膚の前で止まっていた。
     そう、止まっていたのだ。だが、
     突然、ゲマの身体に異変が起こった。
    「うっ!」
     彼はよろよろとよろめき、ロムから身を遠ざけた。
     そして、突きをくらった腹に手を当てる。
     鋭くひた走る苦痛に、ゲマは顔をしかめた。
    「……痛み? ま、まさか。銅の剣ごときで、私が、痛みを感じる?」
     ゲマは大きく目を見開いて、ロムをみた。息を荒立てながらも、必死にこちらをにらみつけているロムを。
    「……やはり、そうでしたか」
     ゲマは口元に、これ以上ないほどの嬉しそうな笑みを浮かべた。
    「私の勘は当たっていた。エルフォーシアは、ライオスが言ったとおり、どうやら最後の勇者をこの世に産み落としていたようですねぇ」
    「なっ……!」
     ライオスは愕然とした。
     ……気づかれた。もっとも気づいてはいけない男に。
    「エ、エルフォーシア? さ、最後の勇者……何をいってるんだっ」
     ロムは震える声でいう。
    「ふふふふふふ」
     ゲマはにやにやと笑いながら、一歩、また一歩とロムに近づいていく。
    「あなたは何も知らないのですねぇ。あなたの母親の正体も。そして、あなた自身が、この世界にとって、最後の勇者であることを」
    「……!」
     頭をハンマーで殴られる衝撃を、ロムは感じた。目の前が真っ暗になりそうになる。
    「お、おにいちゃんが、勇者、なの?」
    「うそ、ロムが?!」
     フィアとベスが、信じられない目でロムを見る。
    「ぼ、ぼくは、そんな勇者なんかじゃないっ!」
     ロムはむきになって否定した。
    「そう。あなたはまだ勇者ではない。あなたは、勇者としての覚醒を、まだ遂げてはいない。それは、私にとって、いや、我々魔族にとって好都合。つまり」
     目の前まできたゲマは、再び双子の手首を、しっかりとつかみ、握りしめた。
    「……いつでも消せるということなのですよ」
    「……!」
     そのときのゲマの表情を、ロムは生涯忘れることができなかった。
     冷徹で、残忍な、悪魔の表情を……
    「ふ、ふたりを、はな、せ……」
     ライオスが地面をはいつくばりながら、ゲマに迫る。
     だが、残虐な魔人は足で彼の顔面を蹴り上げた。
     そのときだった。
    「何事だ!」
     物音を聞き、一人の士官が階段を駆け上ってきた。それは、ピエトロ百騎長だった。
    「ぬっ! お、おまえはっ!」
    「やれやれ。ゴミに気づかれてしまいましたか」
     ゲマはすっと右手を挙げた。
    「! 逃げてっ!」
     ロムも叫びも虚しく、ゲマの放ったメラゾーマが、ピエトロの身を焼いた。
     それは、一瞬だった。
     悲鳴を上げる暇もなく、ピエトロは人の形をなさなくなった。あっという間に、崩れ落ちる。
    「……ッ!」
     声にならない悲鳴が、ロムの口から響く。
    「いやあああっ!!」
     フィアも声が裏返るほどに絶叫する。
    「……ふっ」
     しずかに腕をおろし、ゲマは西の方角に目を向けた。
     空が、いくつもの黒い点で覆われていた。
     それらは皆バラバラに、不気味に蠢いている。
     目のいいライオスには、それが何なのかすぐにわかった。
    「ぐっ……」
     悔しさに歯をかみ締める。
     空を覆い尽くすほどのシルエットの正体は、空飛ぶ凶悪な魔物達の群れに他ならなかった。
     そのスピードは驚異的だった。すぐに、ロムやフィアでも目視で確認できるほどの距離に到達する。
     あと数分もあれば、魔物達はグランバニア上空に到達することは明白だった。
    「ベスッ!」
     ロムは型に乗っかっていたスライムの小さな身体をむんずと掴むと、ゲマから遠ざけるために思いっきり投げ飛ばした。
    「うわわわ!?」
     あわてながらも、ベスはなんとか地面にすとん、と着地する。
    「はやくっ! このことを母さんに伝えるんだっ!」
     ロムが必死の形相で叫ぶ。
     文句を言いそうだったベスの口が一文字に締められた。
    「わかったわっ! まってて」
     そう言い放つと、ベスは脱兎のごとくゲマの前から逃げ出す。
    「させませんよ」
     ゲマが再びメラゾーマを唱えようとする。だが、その腕にロムがしがみつくと、思いっきり噛みついた。



     突然の魔物の襲来っ!
     偶然空を見上げた兵士からもたらされた報告は、たちまち城内に広まり、大パニックと化した。
     逃げまどう使用人に武器を取る兵士達。檄を飛ばす上官……まさに、そこは戦場だった。
     自室でお茶を飲んでいたフローラも、その報を聞きつけるや否や、すぐに部屋を飛び出した。
     恐れていたことが現実のものとなってしまった。
     フローラの顔面は蒼白だった。リュカも、ピエールもいないこの時期をねらって、魔物が総攻撃をしかけてきたのだ。
     まるで、あらかじめ二人が試練にいくことを読んでいたかのようなタイミングで。
    「ロム! フィア! どこにいるのっ!」
     フローラは声を大きくして、子供達の名前を呼んだ。だが、すれ違うのはパニックになった女子供や、苛立ちながら駆け抜けていく兵士達ばかりだ。
    「嫌な予感がする。とてつもなく、嫌な予感が」
     フローラは額にべっとりとたまった汗を、手のひらで拭った。
    「フローラ奥様っ!」
     名前を呼ばれて、フローラは振り返った。そこにはいたのは、サンチョ、ドリス、ピピンの三人だった。
    「サンチョさん、ドリスさん、ピピンさん」
    「お探ししましたぞ。しかし、大変なことになりましたな」
     サンチョは手に大木槌を持っていた。ピピンは鉄の槍を、ドリスも自分の剣を腰につるしている。
    「えぇ、まさか、おじさまたちがいない時を狙って、攻撃をしかけてくるなんて」
    「私は、何か意図的なものを感じますよ」
     ドリス、ピピンが続けていう。
    「フローラさま、ロムとフィアは、一緒ではないのですか?」
    「えぇ、心配だわ。あの子たち、どこへいったのかしら」
    「とにかく、今はオジロン王のもとへ」
     サンチョの意見に異を唱えるものはいなかった。フローラは二人を捜しにいきたい気持ちが溢れそうだったが、オジロンの元にロム達がいるかもしれないと思い、反論はひかえた。
     そのときである。
     耳をつんざく爆発音が、城内に轟いた。そして、すさまじい揺れが襲った。
     天井から埃や石材の破片などが辺り一面に降り注ぐ。
    「な、なんなの?!」
     ドリスが耳元を両手で押さえながら叫ぶ。
    「わかりませんっ! だが、おそらく、城の上空に魔物が到達してしまったのでしょう! 今のは、おそらくイオかイオラの爆撃」
    「……お父様の身があぶないっ!」
     叫ぶなり、ドリスは駆けだした。
    「ドリス! 一人は危険よっ!」
     フローラは呼び止めたが、彼女の耳には届いてはいないようだった。仕方なく、フローラ、サンチョ、ピピンも後に続く。
     階段を上り、王の間へと続く回廊にたどり着くと、そこはすでに修羅場と化していた。
     血なまぐさい臭いが立ちこめている。床には、傷ついた者や力尽きた者、モンスター……ガーゴイルやドラゴンライダー……の死骸などで溢れていた。
    「もう、戦闘がはじまっているなんて」
    「……! ドリス、あぶないっ!」
     フローラがドリスの正面に割り込んだ。
     一人の兵士と切り結んでいたガーゴイルが、突然彼女めがけてベギラマを放ってきたのだ。
     フローラは呪文を唱えながら、すばやく印を切る。
     すると、彼女の目の前に呪文の結界が生まれた。結界は魔物の放った炎を防ぎ、弾き返した。
     跳ね返されたベギラマをまともにくらい、たちまちガーゴイルは火だるまと化した。その隙を狙って、兵士が槍で魔物の腹を突き刺した。
    「ぐぎゃああああ」
     断末魔の叫びを上げて、ガーゴイルは絶命した。その場にばたりと崩れ落ち、動かなくなる。
    「はぁ、はぁ、い、いまのは、マホカンタ」
     一人の兵士はフローラには見覚えがあった。そう、ピエールになついていたサイラスだった。彼の先輩にあたるジェイスも、すぐに駆けつけてきた。
    「これは、フローラさま、かたじけない」
    「ジェイスさん。これはいったい……」
    「みての通りです。突然、空から魔物がせめてきたのです。ふいをつかれて、この場についていた兵士の中で、生き残ったのは私とサイラスを含めて、ほんのわずか……」
    「ジェイス! お父様はっ!」
     ドリスが詰め寄る。
    「オジロン様は王の間です。ここから先は、魔物一体通してはおりません!」
    「いや、いかん。王の間にはテラスがある。魔物が空から攻撃してきたならば、当然、そこから攻め込んでくるっ!」
    「しまった! そ、それでは、オジロンさまはっ!」
     サンチョの言葉に、ジェイスは顔面蒼白になる。
    「お父様はこの間の戦いの怪我がまだ癒えてないわ。それに、王の間にはお母様も……!」
     ドリスは再び走り出した。
     立ちはだかる魔物を、全力で切り伏せながら、彼女は王の間へと続く扉にたどり着く。そして、無礼としりつつも、乱暴に扉を蹴り破った。
    「……!!」
     目の前の光景に、ドリスは息を失った。
     ガーゴイルの死体が、三体、床に沈んでいる。
     うち一体の背中につきささっていたのは、間違いなく、父オジロンの剣だった。
     そして、剣の主は、まるですべてを失ったような、力の抜けた表情で、妻を抱いていた。
     妻……ソアラの腹には、ガーゴイルの剣が、深々と突き刺さっていた。
    「おかあさまっ!」
     悲痛な叫び声をあげて、ドリスは父の元へ駆け寄った。
     ソアラは、真っ青な顔をしていた。その白い翼は血で染まり、片方の翼は無惨にもへし折れていた。
    「……ドリスか。それに、フローラ殿も」
    「いま、ベホイミをかけますっ……」
     フローラはその光景にショックを受け、口元を押さえたが、すぐに彼女の元へと走り寄った。だが、
    「いいのです」
     ソアラは、蚊の泣くようなか細い声で言った。
    「……わたしは、もう、たすかりません」
    「何を言う、ソアラ。そんなことをいうな」
     オジロンが力強く肩を抱いた。
    「まっていろ、そのような剣など、わしが引き抜いて」
    「いけません! 陛下! そんなことをしては、傷口から大量の血が吹き出て、ソアラ様が……!」
     サンチョが止める。
    「くっ、なら、どうしろというのだっ!!」
     オジロンは怒鳴りつけるかのように、サンチョに罵声をあげた。
    「……なんということだ」
     気がつくと、フローラの後ろにはマーリンとメッキーが立っていた。
    「わしらも異変を感じて、ここまできてみれば、これは、ひどい」
    「あぁ、ベホイミじゃ、この人は、すくえねぇ」
     悔しそうに、メッキーもいう。
    「……あなた、いままで、ありがとうございました。人ならざる私を、愛してくれたあなた……わたしは、しあわせでした」
    「ソアラッ!」
     オジロンが目に涙を浮かべて叫ぶ。ソアラの目は、すでに焦点を失い、うつろになっていた。
    「ドリス、あまり、母親らしいことをしてやれなくて、ごめんね」
    「……そんな! おかあさまは、わたしにとって、誰よりも大切なおかあさまでしたわっ! だから、死なないでっ!」
    「……ありがとう。ドリス。わたしは、ほんとうに、幸せでした……」
     ソアラは、最後にフローラの名を呼んだ。
    「フローラ、さん。私が逝く前に、あなたにはなしておかなければ、ならない、ことが」
    「……はい」
     フローラは、静かに、ドリスの前に跪いた。
    「……反魂の術によって、あなたのたましいを、一人の母体にやどしたのは、この、わたし。こうなったのは、天空神の教えにそむき、タブーをやぶった、罰、なのかも、しれません」
    「そんなこと、おっしゃらないで。あなたがいたから、私という人間が生まれたのです。あなたがいたから、わたしは生まれてこれた。リュカさんとであえたし、ロムやフィアも産めた……」
    「きやすめでも、うれしいわ。フローラさん……」
     ソアラは、はかなげに、ほほえんだ。
    「わたしは、ずっと、あなたに、謝らなければならないと、思っていたから。あなたの、本当の両親を、あのとき、神のいない天空城を魔族に襲われたとき、たすけて、あげられなかったから。わたしは、あの方々に託された双子のあかちゃんを、まもるだけで、せいいっぱい。でも、けっきょく、まもれなかった……わたしは、ひとり、おめおめと、地上にのがれて……なんど、後悔したか、わからないほど」
     すでに、ソアラは自分が何を言っているのか、理解できないほどになっていた。
    「……フローラさん……ロムくんに、てんくうの、つるぎ、を」
    「……!」
    「……あなたが、怒るのは、わかる。けど、世を救えるのは、きんだんの、じゅほうにより、誕生した、あなたの息子……かみに、もっとも近い、ちからをもった、あのラスト・ブレイブ……だけ、なの。だから。あの子なら、てんくうのつるぎのちか、らを、ラミアスを、かく、せ……い…………」
     ふっ、と、ソアラから、何かが抜け出した。
     そのような不思議な感覚を、フローラはそのとき感じた。
     そして気がついた時、さっきまで自分に話しかけていた人が、もう二度と目覚めない眠りについたことがわかった。
    「ソアラアアアァァッ!」
     オジロン王の慟哭が、王の間に悲しく響き渡った。


     ソアラの遺体には、グランバニアの紋章が裁縫された立派な絹のヴェールがかけられた。
     すすり泣く者はいなかったが、誰もが皆心痛な表情で俯き、一言も言葉を発しようとしない。
    「いつまでも、悲しんでいるわけにもいかん」
     オジロンはそういい、ガーゴイルの死骸から自分の剣を引き抜いた。
    「まだ戦いは続いておる。この城は、わしらが守らねば……ドリスや、わかるね」
    「えぇ……えぇ、わかっているわ」
     ドリスの目は涙の後で赤く充血していたが、彼女はしっかりと頷いた。
     そのときだ。
    「や、やっと、みつけたわよっ!」
     ぴょんぴょん、と、ベスが床を跳ねながらやってきた。
    「ベス!? ロムと一緒じゃなかったの?」
    「たいへんなのよっ!」
     ベスはぴょん、と差し出されたフローラの手のひらに乗っかった。
    「ロムが、ゲマとかいう魔人に捕まって!」
    「……ッ!」
     その名を聞いて、フローラの目が険しげに鋭くなる。
    「そういえば、先ほどから、大臣の姿が見えんが……いったい、どこへ」
    「……おそらく、あの大臣がこの事件を手引きしたのじゃろう」
     マーリンが、推理した。
    「なんだとっ! だが、大臣は先代の代から国に仕えていたのだぞ」
    「やつらは、人に化ける。ラインハットの王妃も、魔物じゃった」
    「……なんということだ。最初から、しくまれていたのか。すべて……」
     オジロンは顔を手で覆った。
    「ベス。ロム達は、どこに」
     フローラはベスにたずねた。
    「見晴台! ここから近い方のっ!」
    「……わかったわ」
     フローラは静かに頷くと、ベスを自分の肩に乗せた。
    「やめるんじゃ!」
     マーリンがフローラを引き留めた。
    「おぬしの気持ちはわかる。じゃが、相手はあの魔人じゃぞ。わしは未だこの目にしたことはないが、リュカのお父上であるパパスでさえ敵わなかった相手じゃ。おぬしでは」
    「安心してください」
     フローラはマーリンの方を振り向いた。
     彼は、はっと息をのんだ。フローラの目は、静かに怒りの炎を燃やしていた。その迫力は、心臓が縮むかと思うほどだった。
    「私は、かつて、あの者と戦い、打ち勝っています。千年前に、魔界でね」
    「千年前……なにを、いっているのですか」
     わけのわからないドリスが、迷いながらもたずねる。
    「まぁ、いいや。わたしもいきますよ。お母様の仇を討たなきゃ」
    「ドリス。あなたはだめよ」
     フローラは静かに首を横に振った。
    「なぜっ!」
     ドリスは真っ正面からフローラにくってかかった。
    「わたしだって、魔神一刀流の使い手よ! 剣ならば、失礼ですが、フローラさまにだって……!」
     ドリスは、続きの言葉を吐くことができなかった。
     すっ、とフローラが彼女の顔面に手を当て、ラリホーの呪文を唱えたからだ。
     彼女は、ふわっ、とバランスを崩し、地面に崩れ落ちそうになる。そこを、フローラがすかさず支えた。
    「……ごめんなさいね。でも、今のあなたは、死に急いでいるように見えたから」
     フローラは、そっと、意識を失っているドリスをオジロンに託した。
    「フローラ殿。そなたは、いったい……」
    「今の私の名前は、フローラです。それ以上でもそれ以下でもありませんわ。けど」
     フローラは、小さく呪文を唱えた。
     その呪文は、千年前に、彼女がよく唱えていた呪文だった。
     すなわち、自分の中に眠っていた勇者としての潜在エネルギーを解放するためのキーワードを。
     まばゆい光が、フローラから放たれた。
     すると、彼女の身体から真っ白なオーラがあふれ出す。
     そして、その手には、倉庫にしまわれていたはずの天空の剣と天空の盾が収められていた。
    「あ、あなたはっ! も、もしやっ」
     オジロンの叫び声に、フローラは何も答えなかった。彼女は、短く頭を下げると、肩に乗せたベスと共に駆けだした。マーリンはもう、彼女を止めることはできず、ただ、その後ろ姿を見守るしかなかった。
    「勇者の、さだめか。もう、ほとんど、力も残っていないというのに……」


     ばんっ、とフローラは見晴台への扉を思いっきり開いた。
     その場へと立ち入り、はじめに気づいたのが、地面に残った不自然な焦げあとだった。
     魔法の炎で、誰かが消された跡……
    「かあさんっ!」
     息子の悲痛な叫び声に、フローラは視線を空へ向けた。
     そこには、二人の子供を抱きかかえて、自分を見下ろしている魔人の姿があった。黒いローブに身に纏った、残忍な微笑を口元に浮かべた悪魔のような男が……
    「おひさしぶりですねぇ。フローラさん。いや、エルフォーシアと呼んだ方がいいのですかな」
    「ゲマ……思い出しました」
     フローラはキッと、目を細めて、ゲマをにらみつける。
    「デスピサロの副官エビルプリースト……その影だった男……」
    「覚えていてくれて光栄ですね。それにしても驚きましたよ。あなたがあの、千年前に活躍した勇者の生まれ変わりだと知った時は……」
    「戯れ言など聞きたくありません。その二人をはやく解放しなさい!」
    「ほっほっほ。出来ない相談ですな。なにしろ、この子供らは大切な人質ですからね」
    「……っ!?」
     フローラの目が、大きく見開かれる。
    「エルフォーシア。千年前の決着をつけようではありませんか」
    「千年前の、決着?」
    「デモンズタワーの最上階で、お待ちしていますよ。お一人で来てくださいね。もしこなければ、どうなるか……あなたなら、わかっていますよね」
     そういい残し、ゲマはフローラに背を向けた。そして、凄まじいスピードで飛び立つ。あっという間に、その姿は見えなくなった。
    「くっ!」
     フローラはその後ろ姿を呪文で打ち落とそうと身構えた。だが、それでは、ロムたちまで巻き込んでしまうと悟り、彼女は歯がゆい思いをしながら、肩の力を抜く。
     ゲマが飛び去ったのを皮切りに、グランバニア上空を舞っていた魔物たちも一斉に帰還し始めた。
    「ねぇ、どうするのよ。フローラさん」
    「ベス。あなたはここに残りなさい。ここから先は、命の保証はないわ」
    「あら、なめてもらっちゃこまるわ。わたしはロムのお姉さんみたいなものなんだもの。弟や妹がさらわれて、黙っていられるわけが無いじゃない」
    「ベス……」
     フローラはしばしベスを向かい合っていたが、やがて、観念したかのように、頷いた。
    「い……く、な」
     今にも消え去りそうな声に、フローラは振り向く。
     すると、そこには、傷ついたライオネックが立っていた。
     フローラには、見覚えがあった。かつて、レヌール支部で、暴走した自分の力を沈めてくれたライオネックだ。
    「あなたは、そう、ゲマのものを裏切ったのですね」
    「エルフォーシア。わかっているはずだ。今の君では、ゲマには勝てない。いまのおまえには、ギガスラッシュも、ジゴスパークも使えないだろう」
    「わかっています。ライデインファングで勝てる相手ではないことも。でも、いかないわけにはいきません。わたしは、あの子達の母親ですもの」
    「……母親、か」
     フローラはライオスのそばにたつと、彼にベホイミを唱えた。
     完治とはいわないまでも、ライオスの顔に生気が戻る。
    「……私は、残る。残って、帰ってきたリュカにこのことを伝えよう」
    「お願いしますわ」
     彼女は、短くステップを踏むと、
    「……フェイルーラ」
     飛行呪文を唱えた。ふわりっ、と彼女の身体が重力の戒めから解き放たれる。
     かつて、勇者だった頃によく使っていた呪文であり、現代では失われてしまった秘術だ。
    「ねぇ、リュカさんには、このことは伝えなくていいの」
     ベスが遠慮がちに尋ねる。
    「ゲマは、あの者は」
     フローラは、複雑な表情を浮かべながら、言った。
    「一人で来いと言ったわ」
    「なら、わたしもついていっちゃだめかしら」
    「大丈夫よ。一匹で、とは、いってなかったわ。それに、止めても付いてくる気でしょう?」
    「もちろんっ」
     ベスとフローラは互いに頷き合った。
    (……ごめんなさい。あなた)
     フローラは、心の中で、夫にわびた。
     いまだ、正体を隠していたこと。そして、黙って死地に赴くことを。
    (……帰れないかもしれません。けど、ロムとフィアは、必ず助け出します。私の、命にかえても……!)
     フローラはきっと、前を向いた。はるか前方に、デモンズタワーが見える。
     ……枯れた勇者は、飛翔した。




    最終話に続く
      




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