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2010.03.22 Monday

 反竜伝記 第三部 第七話 全てを断つ剣

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    反竜伝記 第三部 第七話 全てを断つ剣 
     反竜伝記 第三部 第七話 全てを断つ剣


    「オレ様が人間などに敗れるはずがないんだ! 死ぬのは……」
     アトラスは血走った目でリュカを睨み付け、猛然と迫ってきた。
    「てめぇだあっ!」
     怒りの籠もった拳を突き出す。それは、恐るべきスピードだった。
     繰り出したと思った次の瞬間には、リュカが立っていた大地に正拳が突き刺さる。
     凄まじい轟音が辺りに響き渡り、砂煙が吹き上がった。
    「あぁっ!」
     ドリスとオジロンは絶望の色を露わにした。破壊力と同時に高速を兼ね揃えた正拳突き……先ほどアトラスが放ったものとは明らかにレベルが上がっていた。
    「みたかっ! オレ様の奥の手『烈風正拳突き』! 貴様の身体、確かに砕いたわっ!」「どうかなっ!?」
    「なにぃっ!」
     声は頭上から聞こえてきた。
     アトラスは顔を上げる。だが、砂煙が視界を遮り、リュカの姿は見えない。
    「確かに破壊力とスピードはたいしたものだ。だが、攻撃が直線的すぎる。お前の攻撃はもう……」
     砂塵が消え去っていき、やがて、そこからリュカの姿が見えた。剣を垂直に構え、アトラス目掛けて落下していく。
    「通じないっ!」
     リュカの刃が眩く光る。
     その剣閃に、誰もが目をくらんだ。
     何が起こったのか、オジロンもドリスもわからなかった。だが、ピエールとフローラだけは、勝利を確信する不敵な笑みを浮かべていた。
     やがて、オジロン親子はうっすらと目を開けた。
     彼らが目にした光景は、リュカがアトラスに背を向けて、剣を鞘に収め、自分たちの元へと帰って行くところだった。
     アトラスは、動かない。
    「ばか、な」
     ぽつり、と声を洩らす。
     はっ、とドリスは息を呑んだ。
     アトラスの身体が、二つに割れていた。頭のてっぺんから股にかけて、一直線に輪切りにされていた。ズズズズズ……と、音を立てて、別れたばかりのパーツが左右に離れていく。
    「オレさまは、魔族、だぞ。ほこりたかき、魔族のオレが、たかが、にんげん、ごとき、に……」
     ドウゥゥゥン……
     アトラスは、完全に地に沈み、動かなくなった。
     この時こそ、魔物討伐隊が完全に勝利した瞬間だった。



     城へと帰ったリュカ達は、瞬く間に英雄として人々の間に広まった。
     先代王パパスの息子であり、グランバニアの正統なる王位継承者。襲い来る魔物の軍勢を払いのけ、魔族をも倒した輝ける戦士。
     人々は表立っては口にしなかったが、誰もがリュカを、リューゼンリッター・エルド・グランバニアを次の王にと願っていた。
     ドリスはあの一件以来、リュカを剣の師匠を仰ぎ、会うごとに彼に剣の指南を頼んだ。
     最初は遠慮がちだった当人も次第には折れて、彼女の剣の練習に付き合うこととなった。
    「あの魔族を倒した時の技は、なんておっしゃるの?」
     あれから一週間後。ドリスは修練場にて、リュカに尋ねた。
     ドリスはリュカといる時は、普段の砕けた口調から一変して、しおらしい言葉遣いになる。
     隣で剣を振っていたロムも、その質問に聞き耳を立てた。
    「あぁ、あれは、特に名前はないよ。僕自身が編み出した独自の呼吸法から放つ剛破斬だから、剛破斬・改といったところかな?」
    「その呼吸法、私にもぜひ教えてください」
    「うーん、ドリスにはまだ早いな。あれは、身体に無理を利かせて無理矢理破壊力を増幅させる呼吸法だから、それに耐えられるだけの身体を鍛えるための鍛練が必要なんだ」
    「なぁんだ。残念。けど、おじさま。剛破斬・改なんて、ちょっと安直ですわ。あの技には相応しい名があると思います……そうですね」
     ドリスは唇に人差し指を当ててしばし考え込んで、パチンッ、と指を鳴らした。
    「剛炎斬というのはどうでしょう?」
    「剛炎斬?」
    「はい。だって、あのアトラスという魔族、割れた断面がまるで炎に焼かれたように焦げていたんですもの。これ以上、相応しい名前はありません。魔神一刀流奥義・剛炎斬。とってもかっこいいですわ」
    「ははは。そうかい。それじゃあ、その名前をもらおうかな」
     そんな二人のやりとりを、息子であるロムはずっと見つめていた。
    「ロム。手が止まってますよ」
    「あ、あぁ、ごめんなさい」
     ピエールにやんわりと注意されて、ロムは慌てて剣を構えた。
    「ふぅん」
     ドリスはロムの構えを見て息を漏らす。
    「片手剣に小型の盾……ロムの構えは、魔神一刀流ではないのですね」
    「うっ」
     さりげなく気にしていることを言われ、ロムは少しだけ傷ついた。
    「あぁ。ロムに魔神一刀流は早すぎるよ。まだ五歳だしね」
    「とうさん。あとちょっとで六歳になるよ」
     ぼそっ、とロムは付け足す。
    「おっと、そ、そうか。悪い悪い」
     リュカは苦笑して、ごまかす。
    「ロム。気にする必要はありませんよ。私の勘ですが、あなたは魔神一刀流よりも私と同じスタンダードな剣術の方が似合っています」
    「そうなの?」
     ロムはそうきいて内心がっかりした。
    「えぇ。特にあなたは盾の使い方がうまい」
    「あぁ、それは僕も感じた」
     リュカもピエールの意見に同意する。
    「僕もロムと同じくらいの時は盾を使っていたが、お前ほど上手くはなかった」
    「そうなの? なら、ロム」
     ドリスはちょっとかがんで、ロムに提案した。
    「私と一試合してみない? 君の実力とやらを、試してみたいわ」
    「ドリス姉さんと?」
    「うん。いいよね? ちゃんと手加減するから」
    「むっ」
     その言葉に、ロムはちょっとムカッとした。
    (あらあら)
     ピエールはそんなロムを見て、肩をすくめた。


     ロムとドリスは修練場の中央に設けられたリングに立った。
     そこは兵士達が勝ち抜き試合をする時などに用いられるちょっとした闘技場だった。
     ロム対ドリスという異例の組み合わせを聞きつけて、観客にはフローラやフィア、マーリンが来ていた。
    「はぁ、おにいちゃん。時々信じられないほどいじっぱりになるのよね」
     フローラの膝の上に座っていたフィアが、ため息をつきながら言った。
    「おにいちゃんの実力で、ドリスおねえちゃんに勝てるわけないのに」
    「まぁ。フィア。勝負は何が起こるかわからないものよ」
    「おかあさんは、おにいちゃんが勝てると本気で思ってる?」
    「う、うーん……」
     フローラはぎこちなく笑った。
    「まぁ、お手並み拝見といこうかのう」
     隣のベンチにすわっているマーリンは気楽に言った。
     一方、ロムのセコンドについていたリュカとピエールは、彼に励ましの言葉をかけていた。
    「ロム。怪我のないようにな」
    「……とうさん。何かアドバイスはないの?」
     ロムは唇を尖らせて言った。
    「それとも、僕には万に一にも勝ち目はないって、そーいうこと?」
    「うっ」
     リュカは苦笑いを浮かべながら口ごもった。
    (こいつめ。やっぱり魔神一刀流を教えてもらえないことを根にもってたなぁ)
    「ま、まぁ、その、なんだ。ドリスはお前の盾さばきを見てみたいって言っているんだろう。なら、ご期待に応えてやりなさい」
    「盾を上手く使って翻弄しろってこと?」
    「あぁ、そうだとも。攻撃と防御のバランスの良さこそ、お前の剣術の長所なんだからな」
    「リュカの言うとおりですよ。ロム。全力でぶつかってきなさい」
    「……うん、わかったっ!」
     ピエールにも後押しされて、ロムは元気よく頷いた。
     訓練用の木刀と盾を手に、小さな戦士はリングの真ん中へと向かっていく。
     その後ろ姿を、リュカとピエールは暖かな目で見守った。
    「リュカ。実際、ロムの成長はたいしたものですよ」
     ピエールがそう告げる。
    「私達の影に隠れてついつい忘れがちですが、五歳であそこまで剣を使える子供はそうはいません」
    「やっぱり、僕や父さんの剣士の血筋ってやつかな。ロムに魔神一刀流を継がせるかどうかはまだ決めていないけど」
    「うーん、けど、ひょっとしたら……」
     ピエールはちらっ、とフローラの方を目にした。
     彼女はどうやら、まだリュカにはあのことを告げてはいないようだった。
     かといって、ピエールが彼女を責められる立場ではない。せっかくの告白のタイミングを邪魔したのも、彼なのだ。
    「ひょっとしたら? なんだって」
     リュカがそう尋ねようとした時だった。
    「ロムッ!」
     フィアの歓声に、リュカははっとして前を向く。
     そこで見たのは、防戦一方ではありつつも、ドリスとまともに剣を交えている息子の姿だった。
     もちろん、ドリスは手加減をしていた。だが、それを差し引いても、子供相手には少々大人げなく見えるのも確かだった。太刀筋は緩いものの、十回に一回の割合で鋭い突きを入れたりしている。
     ロムの目には余裕はなかった。必死になって、従姉の繰り出す斬撃を避け続ける。
    「ね、ねぇ、おかあさん。ちょっと、あぶないよ。これ」
     フィアが不安そうに母の腕の袖を引っ張る。
    「……」
     対して、フローラの目は真剣だった。真剣な眼差しで、ロムを見守っている。
     誰も気付いていないだろう。彼女の拳は、じんわりと汗ばんでいた。
    (……これが、五歳の男の子?)
     フローラは、喉がカラカラと渇いていくのを感じていた。
     
     フローラと同じ疑問を、ドリスも抱いていた。
     最初は十分加減していたつもりだった。
     だが、力を抜いていたとはいえ、ロムは自分の攻撃をことあるごとに受け流したのだ。肩をかるくかすめるつもりで放った突きは剣で受け止められ、脇腹を撫でるくらいの横薙ぎの一撃も、盾でうまく防がれてしまう。
     こうしているうちに、ドリスはだんだんと手に力が籠もっていった。
    (さすがおじさまの子だけのことはあるわ。この子、五歳とはとても思えないくらいに、上手いっ)
    「ええいっ!」
     ドリスの体重を乗せた一撃が、ロムの身体を浮かした。完全には受け止めきれず、吹っ飛んだのだ。

    「くっ!」
     ロムは歯を食いしばった。手がじんわりと痺れる。
    「なにやってるのよ、反撃しなさいっ!」
     肩に乗っかったベスが、やかましく言う。
    「む、無理だってばっ!」
    「弱音を吐くなっ! バカ!」
    「むっ、バカっていうなっ!」
    「ちょっとちょっと」
     ドリスがジト目になってロムを睨み付けた。
    「今は試合中よ。痴話喧嘩はやめなさい」
    「うっ。ほら、ベスのせいで怒られた」
    「あんたがもたもたしているからよ! ああ、もう、いらつくわっ!」
     かりかりしながら、ベスはぼそぼそっ、とロムの耳元に口を寄せて呟く。
    「……わかってるでしょうね。あのドリスをやっつけて、リュカさんに自分を認めて欲しいなら、あの技を使うしかないのよ」
    「あ、あれを使うの? だって、あれって、まだ一度も成功してないよ? それにあれをやるとすごく疲れるんだ」
    「だいじょうぶよ。かまわずやっちゃいなさい」
    「わ、わかったよ」
     ロムはしぶしぶ頷いて、剣を構えた。それも、突き出すように。
    「おや?」
     ピエールは眉をひそめた。
    「あんな構え、教えていませんよ?」



    (……え?)
     フローラは思わず椅子から乗り出してロムを見た。
    (ま、まさか、いや、そんな。あの構えは……)
     ごくっ、と息を呑む。
    (ライデイン・ファング……?)

    「ふぅん……」
     ドリスはにやっ、と笑みを浮かべた。
    「ちっちゃいながら、奥の手があるんだぁ。その構え、たんなるはったりじゃないことを、祈っているわよ」
    「へん。あんたのその生意気な減らず口……いつまで保つかしら?」
     ベスはにやっ、と不敵に笑みを浮かべる。
    (……ふぅん。なら、ちょっと、おどかしてやるかな?)
     ドリスは剣を水平に構えた。そして、すぅーっ、と息を吐く。
    「ドリスッ!」
     リュカが目を見開く。
    「ピエール! やめさせるんだ! あの子、剛破閃を放つつもりだっ!」
    「まさか? だって、これは練習試合で、ドリスの相手はまだ五歳のロムですよ? どうせはったりに……」
    「剛破閃ッ!」
     ドリスが剣を振り下ろした。
    「なっ!」
     ピエールが叫び声を上げる。
     だが、すぐにほっと胸をなで下ろす。
     ドリスはただ技の名前を叫びながら剣を振っただけだった。もちろん、衝撃破などどこにも飛んでこない。
    (驚いたかな?)
     ドリスはにやっ、と笑みを浮かべた。だが、すぐにその微笑は消えることとなる。
     ロムはまるで剛破閃の衝撃破が飛んできてもいいように、身を屈ませていた。まるで、今こそ踏み込むとでも言いたげに。
    「剛破閃がこなかったっ!?」
    「へへんっ、あいつめ、なめてかかっているのよ。ロム、構わないからやっちゃいなさいっ!」
    「あぁ、わかってるよっ!」
     ロムは大地を蹴った。
     それは、五歳の少年のものとは思えないほどの踏み込みだった。瞬きをするうちに、ドリスの懐にロムは潜り込む。
    「なんですとぉっ!?」
     ドリスが驚きの叫びを上げる。
    「……!」
     その時、フローラは見た。
     ロムの木刀が、うっすらと光り始めたことを。
     見たこともない技が放たれる……そう思った。
     だが、その期待は見事に裏切られることとなる。


    「あらら」
     ドリスは目を点にして、地面に視線を向けた。
     そこには、俯せになって倒れているロムの姿があった。
    「い、いてててて」
    「ったく、このぶわぁかっ!」
     ベスが元々赤い身体をさらに真っ赤にさせて怒鳴り散らした。
    「なんで真っ平らなリングの上でつまずくかなぁ、きみはっ!」
    「う、うるさいなぁ。しかたないだろっ」
     したたかに打って赤く腫れた額をさすりながら、ロムは呟く。
     その様を見て、フローラはほっとため息をもらした。
    (そうよね。そんなわけないか)
     このあと、ドリスは悪ふざけもほどがあると、リュカとピエールにこってりと絞られた。しょんぼりとして修練場を後にしていくドリスを気の毒そうに見つめながら、フィアは兄の手からすっぽ抜け、地面に転がっていた木刀を拾う。
    「あれ?」
     木刀を手に取ったフィアは首をかしげた。
    「なんで? どうしてこの木刀……」
     フィアが握っていた木刀は、完全に木炭と化していて、先の方からボロボロとこぼれだしていた。


     その夜、リュカはピエールとマーリンを伴って、サンチョの家を尋ねた。
    「そうですか。ついに、ご決心を」
     リュカがグランバニアの王となるために試練の洞窟に赴くことを聞いたサンチョは、額に喜びの涙を浮かべた。
    「パパス様も、お喜びでしょう」
    「ありがとう。サンチョ。出発は、明日の朝早くにしようと思うんだ。道案内役はピエールが買って出てくれた」
    「私もパパス様の付き添いとしてあの洞窟に赴いたことがありますからね。まぁ、あの頃はグラン様も健在でしたので、魔神一刀流奥義の継承の儀式自体は行いませんでしたが」
    「じゃが、今回は違う。リュカには奥義を授けてくれる先代がおらん。リュカは試練の洞窟へ行き、そこで継承の試練を受ける必要がある」
    「はい。マーリンさんの言う通りです。私も、試練の内容自体は存じ上げないのですが、相当危険なことは確か。あぁ、心配だ……」
    「大丈夫だよ。サンチョ。必ず試練を乗り越えて帰ってくるよ」
     リュカは自分の胸を叩いて、頷いて見せた。
    「それにしても気になるのが、光の教団の動きですね」
     ピエールが話題を変えると、皆深刻そうな表情となった。
    「あれから、何の動きも見せないのが不気味です」
    「うむ。そもそも、この前の襲撃にしたって、謎が多い。なぜ、アトラスのような大将を出してきたのか」
    「確かに先の襲撃はこれまでのような小規模なものとは違いました」
     と、サンチョがいう。
    「しかし、本気でグランバニアを落とそうとしていたとは、私にも思えないのです」
    「……ひょっとしたら、あいつらはこちらの戦力を確認するために、半端な戦力をよこしたのかもしれないな」
     リュカがそう言った。
    「我々がグランバニアに入ったことが、敵にすでに知れていた……そういうことですか」
    「あぁ。それで、僕たちの戦力のほどを確かめるために、アトラスに魔物の軍を任せたんだ」
    「……となると、アトラスは捨て駒か。わしらの力量を計るための物差し代わりにされたというわけか。敵ながら、かわいそうなやつじゃったのう」
    「……ということは、リュカ」
    「あぁ」
     リュカは深刻そうに頷いた。
    「光の教団は、いや、この際、ゲマはといっていいか……そろそろ本気でグランバニアを攻めてくるかもしれないな」
    「それはどうかねぇ」
     いつの間に部屋に入ったのか、メッキーがそう言った。
    「どういうことだ。メッキー」
    「あいつらの狙いは、グランバニアを滅ぼすことかのかな? アトラスのやつは、グランバニアには何の価値もないように言っていたんだぜ?」
    「となると、メッキー。光の教団には、真の目的がある。そういいたいのかい?」
    「さぁ、な」
     リュカの問いに、メッキーは曖昧に答えた。
    「ともかく、この時期にリュカとピエールに抜けられると戦力的につらい。試練の洞窟へ行くというのは、公にしてはいないんだろうな」
    「あぁ。オジロン王やフローラにしか話してはいない」
    「それならいいんだ」
     メッキーは納得したかのように頷いた。



     深夜、誰もが寝静まった頃、リュカは一人、新しく用意された自室のテラスに出て、夜風に当たっていた。
     遙か遠くに、禍々しい塔が見える。夜だというのに、陽炎のように揺らめく妖気が、リュカにははっきりと見えた。
    「……明日、何事もなければいいんだけどな」
    「私も、同行しましょうか」
     夫と肩を並べて、フローラが言う。
    「いや。君はここに残っていてくれ。万が一の時、子供達を守れるのは君だけだ」
     万が一と聞いて、フローラは柳眉をひそめた。
    「まぁ、大丈夫さ」
     そんな妻を安心させるように、リュカは微笑む。
    「公式では五日後に旅立つことになっている。実際は明日出発するなんて、奴らは夢にも思っていないよ」
    「そうですね」
     フローラは頷いたが、それでもまだ内に抱えた不安は消えてはいなかった。
    「……この一件が終わったら」
     リュカは言った。
    「また、旅に出ようと思う」
    「勇者捜しの旅、ですか」
    「あぁ、まぁ、それもあるけど、一度ラインハットに戻るつもりだ」
    「ラインハットに?」
    「あぁ、メッキーが手紙をよこしてくれた。あいつ、どうやら光の教団に対抗するためのレジスタンスをようやく結成したらしい。名前を『天空の翼』というんだそうだ」
    「まぁ」
     フローラは両手を叩いて喜んだ。
    「ヘンリーさんの悲願でしたからね……あの方は、つね日頃、セントベレス山の大神殿で強制労働を強いられている仲間達を助けるんだ、と言っていましたから」
    「勇者探し……母さんを魔界から助け出す……そのためには、光の教団を打倒しなければならない。この三つの問題は、密接に繋がっているんだ。だから……」
    「……今度は、つれていってはくださらないのね」
     フローラは諦めに似た目で、リュカを見つめた。彼も、しばし妻と視線を交えて、静かに頷く。
    「ここから先は、やばいんでね。本音を言うと、君にもついてきて欲しいんだが、そうもいかないだろう?」
     リュカはベッドで寝ている子供達に目をやりながら、苦笑した。
    「このグランバニアで、待っていてくれ。僕は必ず、帰ってくるから」
    「……はい。あなた」
     フローラは目に涙を浮かべながらも、確かに頷いた。



     翌日、まだ夜が明けて間もなく、霧が立ちこめている頃に、リュカは城を出た。
     見送りはない。どこで光の教団の目が光っているかわからないため、オジロン達の申し出を彼は丁重に断ったのだった。
     城塞を離れ、森の中を歩くと、予定通りピエールが二頭の馬を率いて待っていた。
    「試練の洞窟は馬を飛ばせば半日もかかりません。急ぎましょう」
    「あぁ」
     リュカは白馬に飛び乗ると、手綱を引いた。
     乗馬は久しぶりだが、腕は衰えてはいないらしい。もちろん、ピエールが用意した馬がグランバニアでも有数の名馬だということもあったが。
     リュカとピエールは並んで森の中を疾走した。ひたすら東へと向かって走る。
    「ピエール。父さんは魔神一刀流の奥義継承の儀式は受けなかったんだな?」
    「えぇ。パパス様……義兄上は、お父上であるグラン様から直々に奥義を賜りましたから、魔神一刀流の奥義伝承の部屋……試練の間にはいかなかったんです。でも大丈夫、リュカ、あなたなら、きっと儀式を成功させることができますよ」
    「そういってくれるとありがたいな」
     リュカは口元に笑みを浮かべた。
    「そういやピエール。君もどうせなら、ロム達と一緒にこのグランバニアに定住したらどうなんだい?」
    「え?」
     突然話題を変えられ、ピエールはやや戸惑いがちな返事を返す。
    「君の奥さんや子供……アリエルちゃんだっけ? それに、リドルくんやマムちゃんも呼んでさ。あの二人なら、ロムとフィアのよき兄貴分姉貴分になると思うんだ」
    「そうですね。この一件が終わったら、そうするのもよいでしょう。あ、そうそう。リュカ。どうやら、アリエルにお姉さんが出来たみたいなんですよ」
    「お姉さん? 妹じゃなくて」
     リュカは首をかしげた。
    「えぇ、行き倒れになっていた女の子を妻が介抱したらしくて、身よりもなく、記憶も失っていたそうで、それを哀れに思った妻が……」
    「そうか。彼女らしいな」
    「名前だけは覚えているらしくて、アイメルという、わずかに青みのかかった銀髪の、かわいらしい女の子だと、手紙に書いてありましたよ」
    「そうか。それは、お父さんとしては会うのが楽しみだろう」
    「えぇ」
     リュカもピエールも、屈託のない笑みを浮かべた。


     やがて、彼らは開かれた草原に出た。
     そこをしばらく行くと、やがて、地面にぽっかりと口を開けた洞窟が見えてきた。
    「ここが、試練の洞窟です」
     すぐ近くに来てピエールが馬を止めた。
    「ここが? 想像していたものよりも、普通の洞窟って感じだな」
     リュカも馬から下りる。
    「もちろん。これはカモフラージュです。一件するとただの天然の洞窟ですが、これにはちょっとしたしかけがありましてね」
     ピエールは道具袋から一本の剣を引き抜いた。
     それは、見事に装飾が施された宝剣だった。
     柄には、グランバニアの紋章である剣の竜が刻まれている。
    「この剣は……」
    「スレイヤーブレイド。我がグランバニアに代々伝わる宝剣であり、王位を継承するために必要な国璽でもあります」
    「それが、あの……」
    「えぇ、オジロン様からお借りしてきました。そして」
     ピエールはリュカに剣を手渡した。
    「リュカ。剣を掲げて宣言なさい。自分こそが王の試練を受けにきたものだと」
    「あ、あぁ。わかった」
     リュカは頷くと、両手でしっかりと柄を握りしめて、剣を掲げた。
    「我はリューゼンリッター・エルド・グランバニアなり! 我こそはグランバニア王家の正統なる後継者にして、王の試練に挑む者なりっ!」
     すると、剣が突然眩く光り出した。
     光が周囲にあふれていき、リュカは目がくらんだ。
     しばらく立って、うっすらと目を開けると、
    「あっ!」
     あまりの出来事に、リュカは息を呑んだ。
     洞窟はいつの間にか消え去り、そこには荘厳な門が佇んでいた。
    「……これこそが、試練の門です。スレイヤーブレイドは、カモフラージュの呪文を解除するためのマジックアイテムでもあるのですよ」
    「でも、出てきたのは門だけだぞ?」
    「開けてみなさい」
     ピエールに言われて、リュカは恐る恐る扉を開けた。
     すると、扉の向こうには厳かな回廊が続いていた。
    「そんなバカな。ここは草原で、神殿なんかどこにも立っていないのに」
    「試練の門に繋がっているのは、現世から隔離された異世界です。門は、現世と試練の空間を繋いでいるのです」
    「だから、門の中と外の風景が違っているのか」
     リュカは生唾を飲み込んで、剣を引き抜いた。
     ……魔物の気配がする。しかも、生命を保たない無機質系モンスターの気配だ。
    「この試練の洞窟……もちろん、本当は洞窟ではありませんが……には、侵入者の技量を試すためのゴーレムや動く石像といったガーディアンがいたるところに配備されています。そして、ここに入れるのは、試練を受けし者一人だけ。つまり、リュカ。私はここで待つことしかできません」
    「わかっているよ。道案内、感謝している」
    「それから、一度入ったら最後、試練をパスするまで外に出ることはできません」
    「リレミトも使えないのか」
    「……やめておいた方がいいでしょう。へたすれば、時空の狭間に挟まれて、永遠に現世と異世界との間をさまようことになります」
    「……つまり、試練を乗り越えるか、乗り越えられずに死ぬかの二つしかないわけだ。まぁ、試練とは、そういうものだろうからな」
     リュカは恐怖は感じなかった。むしろ、全身の血が騒ぐ。
     必ず帰るんだ。グランバニアで、フローラやロム達が待っているから。
     リュカは決意を心に込めて、一歩を踏み出した。
    「……お気を付けて」
     ピエールの目の前で、リュカを飲み込んだ扉は、重たい音を立てて口を閉じた。



    (今頃、リュカは試練を受けている頃、か)
     暗く、闇に閉ざされた世界……ライオネックのライオスは心の中で呟いた。
    (リュカが魔神一刀流の奥義を身につけて、ようやく魔族と対等に戦えるレベルにまでなる。あの男なら、きっと奥義を得るだろう)
     ライオスは静かな回廊をまっすぐに進んだ。そして、その先の小塔へと続く螺旋階段を昇る。足音を忍ばせて。
     途中、竜族の剣士のシュプリンガーとすれ違ったが、彼はライオスのことは全く気付かない。それもそのはず、消え去り草という特殊な薬草を飲んだライオスの身体は、シュプリンガーはもちろんのこと、ほかのどの魔物にも見ることは不可能だからだ。
     ライオスは階段を登り終えた。行き止まりには、厳重に封印が施された扉があった。
     消え去り草を飲んだとはいえ、ゴーストのように身体が透明になったわけではないため、ライオスはこの扉をすり抜けることは出来ない。
    (お姿を拝見できるのは、いつの日になるのか……)
     ライオスは複雑な思いを浮かべつつ、精神を集中させた。
    『マーサ。マーサ。聞こえますか』
    『……聞こえています。ライオス』
     優しい、慈愛に満ちた声が、ライオスの頭の中に直接響いてきた。
    『懐かしいわ。元気にしていた?』
    『はい。未だ思念でしか会話できず、直接お姿を拝見できないのが、もどかしいです』
    『あらあら。地上界の年齢でいえば、私はもうおばあちゃんなのよ。拝見するほどのものではないわ』
    『魔界と地上界との時の流れは違います。あなたはさらわれてきた時とほぼ変わらない、美しい姿のままなのでしょう』
     ライオスは初めて出会った頃のマーサを思い浮かべた。一度見たきりだが、萌えるような草原の色の髪をした、とても美しい女性だった。
    『今日、ミルドラース様が尋ねてきましたわ』
    『魔王様が、ですか』
     ライオスの眉間が、険しくなる。彼女はそのことを察するかのように、声を和らげた。
    『そんな顔をしないで。あの人は、本当は心の優しい人なのよ。たった一人のご息女を亡くされて、悲しみで前が見えなくなっているの』
    『確かに、あなたをさらうように命令したのはゲマであって、ミルドラース様ではない。だが、あの方は、王女様が亡くなってからは、ゲマやイブールの操り人形です。嘆かわしい……』
    『ライオス。ミルドラース様をそのように悪くいうものではありませんよ』
    『……いつも不思議に思いますよ。人間であるあなたが、魔族の王であるミルドラース様をかばうとはね』
    『人間に魔族。種族の違いとは、それほど大きな問題なのでしょうか? 私は、そうは思いません。いつの日か、人も魔族も、互いに手と手を取り合って生きていく日が訪れる……私は、そう信じています』
    『そんなことになれば、双方の神は存在意義を失いますな。マスタードラゴンもエスタークも、互いの種族の存在を認めなかったのですから』
     ライオスは苦笑した。だが、マーサの考えは悪くはない。
    『……そろそろ、本題に入りましょう。リュカが、そう、あなたの息子が、奥義継承の儀式に挑みました』
    『それは本当ですか。あぁ、リュカ……』
     そのことを聞いて、マーサの声が、母のものに変化した。
    『試練は、とても危険なところと聞き及んでおります。どうか、無事でいて欲しい』
    『大丈夫ですよ。あの男は強くなった。あなたが想像している以上に、ね』
    『そう……ですね。父親に、なったのだから』
    『ロムとフィア、ですか。あなたにとって、孫に当たる子達でしたね』
    『えぇ。はやく会いたい。それから、息子の妻となったエルフォーシア……フローラという方にも』
     マーサはすでにライオスから、フローラの正体がかつての勇者エルフォーシアの生まれ変わりだということを知っていた。そして、彼女が自分を魔界から救い出してくれる勇者ではないということも。
    『エルフォーシアの子……ロムとフィア。そのどちらかが、あなたを救い出してくれる伝説の勇者であることは間違いありません』
    『……幼い子供達に、辛い運命を背負わせてしまうことになるのですね』
     マーサの言葉は、心痛に満ちていた。
    『勇者の持つ力はあまりにも強大……しかし、それゆえ、寿命が短い。しかも、あの二人は、今までの勇者とは明らかに誕生のケースが違います。力に目覚めてしまえば、いったい何歳まで生きられるか……わたしは』
     苦しげに、マーサは洩らした。
    『わたしは、いっそこのまま、ここに閉じこめられていた方が良いのかも知れません。幼い命を無駄に散らすよりかは……』
    『お言葉ですが、マーサ様。ゲマやイブールの野望を食い止めることができるのも、勇者以外にいないのです。あの子らが覚醒せずとも、地上はあの者達によって蹂躙されてしまうでしょう。これは、さだめ、なのです』
    『さだめ……ですか』
     マーサは、しばらくの間沈黙した。そして、数秒の後に、決意の籠もった声で言う。
    『ライオス。もし、グランバニアにいるロムやフィアに何かあった時は、その時はあなたがリュカと共に守ってやってください』
    『……仰せのままに』
     ライオスは扉越しに深々と頭を下げた。
    『それから、これを、あなたに』
     マーサが祈りを捧げると、ライオスの目の前に青き宝石が何もない空間から現れた。
    『命の石……ですか。なぜ、これを』
    『きっと、これが必要となることがあるでしょう』
     マーサの声は、なぜか心痛さを帯びていた。



     シュンッ、
     時空飛翔の呪文ルラストルを唱えて、ライオスは大神殿へと帰還した。
     奴隷を集めて建設を推し進めていた大神殿も、あと少しで完成というところまでこぎ着けていた。
     本殿はすでに完成しており、大回廊には何人もの魔物や魔族、信者達が行き来している。
    「ライオス様っ!」
     妙齢の若い女性の声がして、ライオスは振り返った。
     駆けつけてきたのは、紫がかった青い髪をした、美しい女性だった。身につけている衣服は光の教団の信者のものではなく、ライオスと同じ光明騎士団の真っ白な衣である。
    「ディアナか。どうした。そんなに慌てて」
    「それが」
     切らした息を整えて、ディアナは双眸を鋭く尖らせて告げた。
    「……イブール大神官が、ライオス様に話がある、と。一人で、大神官の間へと来て欲しい、と」
    「イブールが、か」
     ライオスは唇を真一門に引き締めた。
    「ついに、きたるべき時が来てしまったか」
    「ライオス様、ここは、私と一緒に……」
    「いや、参ろう」
    「ライオス様!」
    「しっ、声が大きいぞ。ディアナ」
     目で責められ、ディアナは慌てて息を飲み込む。
    「ディアナ。お前は先へ行き、以前から整えていた準備をすませるのだ。結界は、大丈夫だろうな?」
    「えぇ、完璧に施しました」
    「ならばいい。ではディアナ。そこで、私が帰るのを待っているのだ」
    「……ライオス様、帰って、こられますよね?」
    「案ずるな」
     ライオスはディアナの頭にぽんっ、と手を乗せた。
    「私にはルラストルがある。どこへなりとも逃げ延びることは可能よ」
    「そのお言葉、信じて待っています」
     きりっ、と身を引き締めて、ディアナは敬礼した。そして、密命を帯びた隠密のように、駆けだしていく。
     そんな彼女の後ろ姿を最後まで見守ったライオスは、衣の襟を正した。
    「……いくか」





     もうどのくらい進んだだろうか。
     リュカの吐く息は荒々しかった。すでに薬草類は使い果たし、身体中のいたる箇所に傷ができている。
     試練の洞窟は、リュカが経験してきた中でもっとも過酷なダンジョンだった。
     複雑に入り組んだ通路に、ところどころにしかけられたトラップ。そして、行く手を阻むゴーレムやガーゴイルといったガーディアン達……
    「不思議のダンジョンを彷徨った頃を思い出すな。もっとも、あの頃は一人じゃなかったが」
     リュカはため息をついて壁に背をもたれかけた。
     リアから貰った剣は、すでにボロボロだった。これまで、何十体もの固い金属の魔物達を一刀両断にしてきたのだ。むしろ、ここまでもったことこそが驚きだった。
     彼女は、本当にいい刀鍛冶になるだろう。
    「……くっ」
     リュカは軋む身体に鞭打って、壁伝いに前へ前へと進んだ。
     そして、彼はとうとう終着点へとたどり着いた。
     一直線に伸びる回廊の行き止まりにそびえる、重厚なる扉……それはまさしく、最後の試練への入り口であることを物語っていた。
    「……やるしかないか」
     リュカはボロボロの剣を鞘に収め、両手で扉を押し開いた。
     そこは、ドーム状に開かれた空間だった。
     部屋の中央に、一本の剣が突き刺さっている以外は、何もない。
    「ここが、試練の間? いったい、ここで何をしろというんだ」
     リュカは辺りを警戒しながら、少しずつ部屋の中央に近づいていく。
    「……!」
     リュカはその剣を近くで見て、はっと息を呑んだ。
     すらりと伸びた片刃の名剣……それはまさしく、亡きパパスが愛用していたパルバレードに他ならなかった。
    「どうして、ラーディッシュさんに預けていた剣が、こんなところに」
     リュカは恐る恐る剣の柄に触れようとした、次の瞬間だった。
     突然、稲妻が迸るかのような閃光が剣に落ちた。思わず、リュカは後退る。
     閃光が剣に宿る。真っ白なオーラをまとった剣は、ゆっくりと、ひとりでに地面から引き抜かれた。
     そして、剣がまとった光が、やがて人物らしきシルエットへと形を変えていく。
     リュカの目の前で、閃光は完全に人間への変貌を遂げていた。
     若い……リュカと同じくらいの年齢の男だった。長い黒髪、たくましい身体、まっすぐな黒い瞳……どこか、気品すら感じる美丈夫だった。
     リュカはその男に、不思議な感覚を覚えた。
     ……初めて出会った感じがしない。
    「……よくここまできた」
     光だった男が、口を開いた。
    「グランバニアの後継者よ。私は魔神一刀流の奥義の継承のために、この地に現れた者なり」
    「それでは、あなたが僕に奥義を授けてくれるのですか」
    「然り。今から、奥義継承の儀式を始めよう。剣を、抜け」
    「は、はい」
     リュカが腰に差した鞘から剣を引き抜いた瞬間、男が動いた。
    「……っ!」
     リュカは素早い反射で後ろに飛ぶ。もう少し反応が遅ければ、彼の胴体はまっぷたつに引き裂かれていただろう。
    「ほう、避けた、か」
     男がリュカを見る。
    「なるほど、奥義を継承するに十分な力量は持っているということか」
    「……驚きましたよ。これが試練であることをすっかり忘れていました」
     リュカは額に浮かんだ汗を拭う。
    「……試練の内容は簡単だ。私は、お前に向けて奥義を放つ。お前は、私から奥義を見事盗み、自らの奥義を用いて私を倒せばいい」
    「確かに、簡単ですね」
     それはリュカの皮肉だった。こっちは満身創痍の状態。それに比べて向こうの技量は間違いなく自分と同じかそれ以上だ。
     しかも、相手は奥義を放つという。この時点で勝算……いや、どちらが生き残る確率が多いかは、想像するにたやすい。
     だが、今更後には引けないことは、リュカも心得ていた。
    「……乗り越えて見せますよ」
     リュカはボロボロの剣を構え、まっすぐ男を睨み付けた。
    「妻や子供達、そして多くの仲間が、僕を待っている。ここで、死ぬわけにはいかないんだ」
    「ほう」
     男はにやっと笑った。リュカの決意のこもったまっすぐな眼差しを見て。
    「……いい目をするようになった」
     だが、そのつぶやきはリュカには聞こえない。
     仕掛けたのは、リュカの方だった。
     猛然と走り込み、横薙ぎに剣を振るう。
     それを男は易々と受け止めた。剣と剣がぶつかりあい、火花が散る。
     息をつかせぬ攻防が続いた。互いのするどい斬撃が行き交う。
     このままではらちがあかない。そう感じたリュカは、回し蹴りで男を後方へと吹き飛ばした。
     男は吹っ飛びつつも回転しながら着地を決める。
     起き上がろうとした時、
    「剛破閃ッ!」
     リュカの放った剣閃が男をとらえる。
     決まった、と思った。だが、
    「むんっ!」
     男は振り上げた剣で、衝撃破をまっぷたつに引き裂いた。
     左右に割れた剣閃は、むなしく宙に消えていく。
    「見事な剛破閃だ。だが、まだまだ修行の余地がある。真の剛破閃とは……」
     男が剣を逆手に構える。
     男のパルバレードが、凄まじい勢いで辺りの空気を吸収していき、轟々とうなりを上げる。
    「……こういうものだ!」
     男が放った剛破閃は、勢い、威力、大きさ、ともにリュカの剛破閃を明らかに陵駕していた。
     リュカはすかさず横に飛んで避ける。だが、余波に巻き込まれ、激しく吹っ飛ぶ。
     天井に背中から激突し、彼はゆっくりと地面に向かって落ちていく。
    「くっ」
     歯を食いしばって離れそうになった意識を現実へと引き戻して、リュカはなんとか着地を決めた。
    「避けきれなかったとはいえ、私の剛破閃を避けたのはそう多くない。だが、もう身体が限界だろう」
    「ま、まだだ」
     リュカは息を荒立てながらも、強い口調で言った。
    「まだ、諦めるわけにはいかないんだ」
    「……なぜだ?」
     男は未だ目の光を失わないリュカに対して、疑問を投げかけた。
    「グランバニアの王となるためか」
    「それもあるが、僕には、成さなければならないことがある。父から渡された遺志を遂げるためには、この試練に打ち勝たなければならない。だから、今ここで倒れるわけにはいかないんだ」
    「……」
     すぅっ、と男の目が鋭くなる。
    「わかった。お前の決意、どれほどのものか……奥義を持って見定めさせて貰う。ゆくぞ」
    「……くっ」
     リュカはふらふらの状態のまま、剣を両手に構えた。
    「……魔神一刀流……奥義……」
     静かに男の目が閉じられ、そして、次の瞬間、カッと見開かれた。
    「無双刃ッ!!」


     リュカは動かなかった。
     動けなかったのではない。あえて、動かなかったのだ。
     男の放った剣は、リュカの額に触れるか触れないかの位置で止まっていた。
    「なぜだ」
     男は、剣を動かさぬまま、聞いた。
    「なぜ、避けなかった」
    「あなたに殺気を感じなかったからだ」
     リュカは二つの目を剣に向けたまま、そういった。
    「それに、もし避けていたら、魔神一刀流の奥義がどのようなものか、見極めることが出来なくなる」
    「そうか……ならば」
     すぅっ、と剣を鞘に収め、男は地面を蹴ってリュカから間合いを開けた。
    「見せて貰おう! お前が私から、見事奥義を盗むことができたかどうかを」
    「……」
     リュカは言葉を発さず、ただ頷いた。
     剣を縦に、垂直に構え、呼吸を整える。
    (爆発させるんだ……うちなる気を、すべて……)
     やがて、リュカの身体から放たれる熱によって、水蒸気を帯び始める。
    (真に断つのは、肉体ではなく、肉体を繋ぎ止めし鎖……そして、全ての概念)
     すぅっ、とリュカの両目がとぎすまされていく。
    (……見えたっ! 魔神一刀流の、極意がっ!)
     カッ、リュカの両目が、見開かれる。
    「魔神一刀流奥義、無双刃ッ!!」
     白い閃光がひた走り、全てを漂白していく。
     もし、この場に第三者がいたならば、その者はリュカの剣から放たれた光で視界を奪われ、何が起こったのかわからなかっただろう。
     リュカは、斬ったのだ。
     そう、全てを。
    「……見事だ」
     にやっ、と笑みを浮かべたまま、男は呟いた。
    「魔神一刀流奥義、無双刃……その極意は、『全斬』。対象者から、その対象者に至るまでの全て……障害物から空間における概念まで、すべての分子を断つことにある」
     男が地面に目をやる。
     リュカの放った斬撃は、凄まじいものだった。地面はまっぷたつに裂け、男とリュカの間にあった空間は割れるように歪んでいた。
     そう……リュカは斬ったのだ。男と、そして、リュカと男との直線上に存在した、あらゆる『存在』を。
    「……私も、ここまで無双刃を極めることはできなかった」
    「……っ!」
     はっ、とリュカは息をのんだ。
     目の前の男のシルエットが、揺らぎ始めていた。まるで、元の光に帰って行くかのように。
    「な、なぜ、あなたが」
     リュカの声はカラカラに乾いていた。
     本当は、もっと前から気付いていた。彼の太刀筋は、リュカの忘れもしない大切な人のものだったから。
    「この試練の間は、別名……幽玄の間……死者に再び役目をあたえ、仮初めの命を与える霊場なのだ」
     男……若き日の姿を借りたパパスは、今にも消えそうな姿のまま笑った。
    「もっとも、この剣は私のイメージで作り出した、幻の剣にすぎない。本当の剣は、今頃ラーディッシュが鍛え終えている頃だろう」
    「……父さん、いえ、先代王パルバドス……」
     リュカは、涙が出るのをぐっと堪えた。
     子供の頃ならば、彼に抱きつくことが許されたかも知れない。だが、彼はもう、パパスの遺志を受け継いだ人間なのだ。その感情は、乗り越え、克服しなければならないものだった。
    「……魔界に捕らわれた母は、必ずや私が助け出します」
    「その言葉が聞きたかった」
     パパスは天井を……いや、その先にある空を見上げた。
    「これで、ようやく逝くことができる」
    「……っ!」
     その言葉を聞いた瞬間、今まで我慢してきたものが堪えきれずにあふれ出してきた。
    「リュカ。泣きたいときは泣いてもいい」
     パパスは、ゆっくりと頷いた。
    「だが、つねに前を向いていろ。決して俯くな。私がお前に言える、最後の言葉だ」
     じょじょに、パパスの姿が消えていく。
    「……雄々しく生きろよ、リューゼンリッター……私の、息子よ」
     その言葉を最後に、パパスは、完全に姿を消した。
     リュカは彼がついさっきまで立っていた場所を、いつまでも見つめていた。流れる涙を拭わないまま。
     そして、指で涙をぬぐい去ると、今は亡き彼に向けて、深く頭を下げた。
    「……さようなら、父さん」



     もう何時間になるだろうか。
     ピエールは夕暮れの空を見上げながら、はぁ、とため息をついた。
     目の前の門は未だに閉じたまま、口を開ける気配すらない。
     本当にリュカは試練を成し遂げることが出来たのだろうか。
     不安な気持ちを抱いたまま、彼は今日何度目かのため息をついた。
     と、その時だ。
     突然、扉が音を立てて開かれた。
     近くの岩に座っていたピエールは、それに気がつき、岩から飛び降りる。
     そこから出てきたのは、満身創痍のリュカだった。
    「こ、ここは……外、なのか」
    「リュカ!」
     ピエールが笑顔で駆けつけてくる。
    「ピエール? そうか。試練が終わった途端、目の前が真っ暗になったと思ったら、どうやら、外まで転送されたようだな」
    「リュカ。その様子では、魔神一刀流の試練は……?」
    「あぁ」
     リュカはなんとか頷いて、右手にあるそれをピエールに差し出した。
    「気がついたら持っていたんだ」
     それは、十字型の、金で出来た小さな像だった。
    「おおっ」
     ピエールが息を呑んで、それを受け取る。
    「これぞ、まさしく王家の証です。リュカ。おめでとうございます。あなたはこれで、名実ともにグランバニアの王です」
    「実感は、沸かないけどね。そうそう、ピエール。信じられない話だと思うけど」
     リュカは口元にかすかに笑みを浮かべて、言った。
    「……父さんに会った。父さんが、僕に奥義を授けてくれたんだ」
    「……そうですか。義兄上が」
     ピエールは彼の言うことを素直に信じた。
    「それで、義兄上は?」
    「……逝ったよ。きっと、今まで情けない僕を見守っていてくれていたんだろうね。でも、もうその必要はないらしい」
    「えぇ、パパス様は信じておられるのでしょう。あなたが必ず、マーサ様を魔界から救い出してくださることを」
    「……さぁ」
     リュカは笑顔で言った。
    「帰ろう。グランバニアに。フローラや子供達が待っている」



     ……だが、リュカは知らなかった。
     グランバニアに突如として訪れた最悪の事態のことを。


     グランバニアへと帰還したリュカを待っていたのは、戦いの傷跡を残した城壁と、傷ついた兵士達だった。
     はやる足取りでリュカは城内へと駆け上がり、そこで待っていたオジロンに衝撃の事実を告げられる。
     それは、ロムとフィアが突如襲来した魔物によって連れさらわれたこと。
     そして、彼の最愛なる妻フローラの行方が知れず、生死すら不明であることだった。


     続く


     

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